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第8話

家に帰ると、リビングのソファーに東城がいた。肘掛けに頭をもたせかけ、手にはスマホをもっている。 広瀬がリビングに入る気配を察して彼は顔をあげた。 「よかった。帰ってきた」と東城は言った。 広瀬は内ポケットから自分のスマホをとりだす。メールを見ると自分の居場所や今日何時に帰るのかを質問するものだった。何度も入ってきている。 「どうかしたんですか?」 東城は首を横に振った。「帰ってこないかと思って、心配になったんだ」 「え?」 「広瀬さん、俺を置いてどこかに行っちゃったんじゃないかと思って」 広瀬は、繰り返されている着信とメールを見た。 こういう風にしつこく電話やメールしてくるところは、全くもって前の東城と同じだった。人格というか性格なので、記憶とは関係ないのだろう。 「仕事で、遅くなっただけです」 「大井戸署からここまで帰るのに時間かかってるけど、どこかに寄ったのか?」 「退出時間を知っているんですか?」 「さっき、大井戸署に電話した。あ、心配しなくていい。俺だとは名乗らないで聞いただけだから。そうしたら、ずいぶん前に署をでたってきいたから」 「どこも寄ってはいません。大井戸署に電話しないでください」 「だけど、電話してもとらないじゃないか。メールの返事もしてくれないし」 「とれるときにはとります」 「ふうん」と東城は言った。彼は腕組みしてじっと自分を見ている。「とれるときってあるのか?」 「え?」 「いや、電話とらなかったりメールに返信しないのって、わざとなんじゃないのか?」 「そんなことありません」 「本当に?」 「当たり前です」 「怒ってんじゃないのか?」 「怒る?」 「俺が、あなたのこと覚えていないから。恋人なんだろ。いや、こうやって一緒に暮らしてるくらいだから、ただの恋人じゃない。お互いに将来を約束してるくらいの間柄だったはずだ。だのに、そんな大事な人間のことを俺は忘れちゃったんだから、怒る方が普通だろう」 広瀬は首を横に振った。 「事故で記憶がなくなったのは不可抗力です。東城さんの責任ではないです」 「じゃあ、どうして、そうやって」と東城は言葉を切った。それから聞いてくる。「怒ってないならさ。それなら、どうして、そんな他人行儀な話し方で、無表情でいるんだよ。いつも、感情ない顔してる。広瀬さん、すごくきれいな目してるけど、俺のこと見てる?」 広瀬は、その問いに答えられなくなった。何を言ったらいいんだろうか。この人に。 彼は試すような視線を広瀬に向けてくる。

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