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第11話
広瀬は、湯飲みから顔をあげた。
「あなたは元々俺にメールの返事くれないんだな。返事は俺のメールの10分の1くらい」
「もう少ししてると思いますけど」
「じゃあ、10分の2くらい。それに、返事しないのは、俺にだけじゃないんだってわかった」
彼は電話を手の内でもてあそんでいる。つるりとした黒い画面。
メールを読んだんだ、という言葉は、耳を素通りし遠くに行く。
が、向きを変えて急に戻ってきた。
広瀬は、事態を理解した。
いたずらっぽい笑顔を東城がうかべている。
「それに、なんというか、俺、かなり情熱的だなって」と彼が言った。
広瀬はそう言われる前から顔が赤くなっていくのを感じた。
東城も自分も泊りがけで何日も家に帰らないことが多い仕事だ。
そんなとき、東城がかなりきわどい内容のメールを送ってくることがあるのだ。きわどいどころでなく、直接的な言葉がつづられていることもある。
お前の〇〇を〇〇したい、だとか、電話するから✖✖が✖✖って声に出して言って、とか、写真や動画を送ってとねだってきたりとか。
もちろん、全てに対応しているわけではないけれど、広瀬も、独り寝のさびしさから、恥ずかしい内容の返事をすることだってあった。
あれを、全部、読んだんだろうか。
だいたい、東城はあんなメールの内容を大事にとっておいたのか。消さなかったのか。
自分が、どこまで何を書いたのか、正確には覚えていない。
写真や動画はなかっただろうか、と自分に問う。
「読んでて、あなたのこと、本当に好きなんだって思った。あなたも、俺のこと。だって、あんな」
広瀬は彼の言葉を遮った。「東城さん」そして咳払いをした。「その、メールとか、いろいろ、全部、冗談みたいなものなんで、あまり読まなくていいですよ」
東城は声に出して笑った。
「赤くなってる。そんな顔もするんだ」
彼の言葉が続く。
「これ、まずいだろ。広瀬さん、こんな写真。万が一誰かの手に渡ったら」
広瀬は、湯飲みをテーブルに置くと彼のスマホに手を伸ばした。どの写真のことを言っているんだ、この男は。
東城は広瀬の手を難なく遮りながら言う。
「俺だからいいけど、他の誰かにも同じようなことしてないだろうな。広瀬さん、リベンジポルノって知ってる?こんな写真出まわったら大変なことになる。いや、売ったらかなりの高値になるってくらいのレベルだ」
こういうことを言ってからかってくるのは、まさしく東城そのものだ。
広瀬は、東城の手を掴もうとした。
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