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第12話
彼は広瀬の動き器用に避けて、平気な顔でまだ画面を操作している。
「そうそう、こんなのもあって、これは、かなりやばい。なんでこんなことに」
「だから、それは」ついに力づくで彼の手からスマホをとりあげた。
データを消してしまおう。何が入ってるかわかったものではない。
だが、その画面に写っていたのは想像していたような猥雑な写真ではなかった。
自分を含め数人が全身ずぶ濡れの泥だらけで笑いながら立っている写真だ。
東城も写っている。髪にも顔にも泥がついて、ひどい格好だが笑顔で白い歯を見せている。
自分は背の高い彼を見上げている。みなと同じように笑顔の自分の顔にも泥が幾筋もついている。
東城がまだ大井戸署にいたとき、本庁に戻る少し前くらいだろう。
「この写真であなたの笑顔、やっと見ることができた。思った通り、きれいな笑顔だ」と目の前にいる東城が言った。「なんだってこんなに泥だらけに?」
「証拠品を探してて、人工池に入ったんです」と広瀬は説明した。
寒い日で、おまけに雨も降っていた。そんなときにゴミの浮く汚い池に入らなければならず、捜査チームは全員不満ばかりだった。苦労のかいあって証拠品が見つかった。池からあがってお互いあんまりひどい恰好になっていたのと、証拠品がみつかった喜びで笑っていた時の写真だった。
「楽しそうだ。大井戸署はいいチームなんだな」
思い出話をする広瀬に、東城が手を伸ばし頬に触れてきた。
大きな温かい手で、頬をなでられると不思議な気持ちになる。どうして、この東城も自分を愛おしそうにするのだろうか。
「あなたがこんなに長い時間話すの初めてだ。今日は色んな面が見れた。赤くなったり笑顔だったり、感情がわかると、すごく素敵だ」
気が付くと体温が感じられるほどの距離になっていた。
彼の顔が当たり前のように近づいてくる。唇が重なり、キスをされた。おだやかに時間をかけて、なかを探るようにたどっていった。口の中で舌が絡み合う。
口の中から、喉を通って、頭の中に彼の熱が入り込んでくる。じわじわと熱がしみ込んできた。思わず目を閉じた。感じているのは身体だけど、頭の中も感じているのだ。
長いキスをするうちに身体の力がすっかり抜け、ほとんど東城に支えられるようにもたれかかってしまった。
顔がはなれた後、広瀬は目を開けた。彼は少しだけ照れくさそうな顔をしていた。
「どうしてですか?」
「なにが?」
「俺のことを覚えていないのに」
「記憶はないけど、俺は広瀬さんのこと好きだ」と彼は言った。「一目惚れなんだ。あなたのこと見たらすぐ好きになったから。そう言ったことは?」
「一目惚れするような出会いではないので」と広瀬は答えた。
「そう?どんな出会いであれ、言わなかっただけじゃないかな」と彼は言った。
それから、彼は、力の抜けた広瀬の手からいとも簡単にスマホを取り戻した。
「あ、それ」広瀬は取り返そうとした。データを消さなきゃ。
「大丈夫。指紋認証に変えたから、俺以外もう誰もみることができない」と彼は言った。
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