24 / 32
第24話
いつの間にか眠っていたのだろう。
自分を呼ぶ声がした。
「広瀬」
夢だ。あの口調で、呼んでいる。東城の声。ちょっと偉そうで、ちょっと甘えるようで、広瀬のことをバカだとか、愛しているとか、平気で言う。
もう一度声がした。
「広瀬、寝てるのか?」
涙が、出てきそうになるのをこらえた。夢で泣きたくなんかない。
手が頬をなでた。
慣れたしぐさ。
思わずその手を握った。夢の中なのに、それは確かな感触だった。
温かくて、手のひらがところどころ固くなっている。頬から指をすべらせ唇を親指の先でなでられる。それは、いつもの彼のしぐさだった。
広瀬は、目を開けた。
東城が、こちらを見ている。
「おはよう」と彼が言った。
低い声で、いつもの通り。自分を愛おしむ優しい目をしていた。
「東城さん」声がでたのが不思議なくらいだ。
広瀬は、彼の首に手を伸ばした。そして、抱きついた。
彼の腕が自分の背中に回った。抱きしめてくれる。
しばらく離れることができなかった。手を放したら、また、どこかに行ってしまいそうな気がして。
広瀬は抱きしめたまま、ぎゅっと目を閉じた。夢じゃない。彼だ。
東城はじっとして、広瀬が落ち着くのを待ってくれた。
それから、ゆっくりと身体をはなして、向かい合った。
「心配かけたな。もう大丈夫」と彼は言った。
「記憶、戻ったんですか?」
「ああ。だいたい、戻ってると思う。ところどころ抜けてるかもしれないけど、大事なことは、思い出してる、と思う」
彼はそういうと、広瀬の左目の端に手を伸ばし、そっとぬぐった。
「ごめんな。泣かせるようなことして」
広瀬は、まばたきをした。
「泣いてなんかいません。びっくりしただけです」と答えた。
東城は、うんうんとうなずいた。その動きも、まなざしも、全部、同じ。
広瀬はもう一度手を伸ばし、今度は両手で彼の頬をつつんだ。そして、顔をよせ、唇を重ねた。
ともだちにシェアしよう!