29 / 32

第29話

気が付くと、東城が自分の髪をなでてくれていた。 腰は重く、鈍い痛みがある。後先考えずに、快楽を求めてしまったせいだ。さっきまでで何回したのかわからない。 東城は、広瀬が目覚めたのに気づいた。彼は、広瀬の左手をとり、指先にキスをした。あの時、記憶を失った彼がしたのと同じしぐさだった。 「覚えてるんですか?記憶がない時のこと」 「覚えてる。今の記憶とだんだんごちゃごちゃにはなってるけど」と彼は言った。「記憶が戻ったのは、あの時、お前に約束したからなんじゃないかな。ずっと、思い出したいってことばっか頭にあって焦ってたんだけど、そんなことより、お前のこと離したくないって思ったんだ。今一緒にいることを大事にしなきゃならないって。じゃないと、お前を手放すことになる。記憶がないせいじゃなくて、俺が、自分のことばっかり考えて、お前をみていないうちに、お前は俺のところから去って行ってしまう。それに気づいたら、記憶とかどうでもよくなった。で、皮肉な話、思い出さなきゃってプレッシャーがなくなって、記憶が戻ったんじゃないかと思う」 広瀬はうなずいた。東城の理屈っぽい話は半分くらいしか聞いていなかったが、記憶をなくした彼が、広瀬と一緒に生きるために約束をしたというのはなんとなくわかった。 だから、彼の指先に自分も唇をつけた。何度も、繰り返して。 そうする広瀬に彼が続けた。「広瀬、あの時の約束はこれからずっと続くから。記憶がなくなろうがなんだろうが、俺はお前のこと離さない」

ともだちにシェアしよう!