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第8話
星崎潤の話
うちの会社の年末はカレンダー通りで、12月23、24日は大晦日前の最後の週末だった。
ユウヤさんは、お祖母さんの体調が悪いから一応帰省するらしく、年内で会えるのは24日が最後になる。
世間はクリスマスイブ。
通りを歩けばどの店もそれらしい飾り付けがされていた。
日常から少し切り離される、こういう浮かれた雰囲気は結構好きだ。折角だからと思い、普段立ち寄ることのなかった小さなお店で予約しておいたケーキと、適当に見繕ったワインを持ってユウヤさんの部屋に向かう。
一年前は通過するだけだった場所が今は目的地になっている。でもそれも多分10年も続くものじゃない。
インターホンを押すと「玄関開けてあるから入って」と言われた。
「不用心ですね」と言いながら台所まで入って行くと
「そうかな、合気道有段者がいれば大丈夫でしょ?」って笑われた。
「想像してるほど強くはないんで、鍵は閉めてもらった方がいいですよ」
それ以前に、僕が来る前に変な人が入ってきたらどうするつもりだろう?
*******
いつもご飯を作ってもらってるから今日は自分がやる、と主張されたので今日は完全なお客さん状態。手持無沙汰なので部屋の中をうろうろしながら待つことになった。
台所の机の上に走り書きでメニューと作業工程が書いてある。
コブサラダ、ローストポークにタコのバジル炒めとガーリックトースト。殆ど日中に仕込みをしてあったらしく、今は最後の仕上げ…のように見える。
飲み物にはサングリアが用意してあるのが大学生みたいで微笑ましい。
台所を覗くと、低めの作業台のせいでちょっとうつむき加減の背中が、右に左に動きながらせっせと準備している。それをぼんやりとみていると、ずっと前からこんな風に暮らしていて、そのまま同じ時間を何度も行き来しそうな気がする。
ぼんやりとした幸福に浸って、いつの間にか鼻歌を歌っていたらしい。
「何の歌?」って言葉で自分が歌っていた事に気が付いた。
「歌?あ、Give me loveって、古い歌です」
「ふうん、誰の歌?」
「元歌はジョージ・ハリソンですけど、知ってますか?」
質問というほどのものでもなかったけど、それには答えずにユウヤさんは肩をほぐす様に首を大きく左右に傾げた。
「…星崎くんは、ずっと敬語だね。タメ口でもいいんだよ」
それだけ言って、また背中を見せて盛り付け作業に戻っていった。
何だかちょっと不安定?
はい、と言ってしまいそうなところを飲みこんだ。
「…うん、そっか…そうします」
「もうすぐできるよ」
中途半端なところで途切れた会話が少しだけ居心地を悪くしてゆく。
******
当たり障りのない話をしながらごはんを食べ、お皿を洗っている間ずっとタメ口で話そうとはしたけれど、難しい。
「何年振りの帰省…?」
変な間ができてしまった。困ったなぁと思いながら顔を見たら、予想通り相手も困った顔をしてた。
「…ユウヤさん、やっぱり戻していいですか?その方が落ち着きます」
「なんで?初めて会った時もタメ口でって言ったのに変わらなかったよね、友達にもそうなの?後、『俺』から『僕』に変えたよね」
「就活の時に全部変えたんです。会社の人がいる所でも同じように話せる方が安心できませんか…」
「ふうん、そうか。まぁ、外注先デザイナーの一人だからな」
僕の言葉に少し残念そうな、でも揶揄う様な表情で言われた。
そんなつもりで言った訳じゃない。ただ、社会の中で生きていくには、そういう事ってある程度必要じゃないですか。気持ちを言葉にするのは難しい。
「そんな風に言わないで下さい」
僕の言葉にユウヤさんは少し止まって「冗談だよ」とだけ言い、僕の頭を軽く撫でて台所に消えた。
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