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第10話

星崎潤の話 もらったのは掌にちょうと収まるくらいの箱だった。 ラッピングをはがして箱を開けると、中にはメカニカルなデザインの金属製のキーリングがあった。 「キーリング、丁度探してたんです。ありがとう」 「うん、そうかなと思って。使ってね…」 今使ってるのが大分傷んできてたから、買い替えようかと思ってた。ちゃんと見ていてくれたのが嬉しくて掌のそれをそっと握った。 ユウヤさんを見ると何か言いたいのか視線をこちらの手元に移して唇を動かした。 「あのさ…」 そこから言葉が続かない。 黙っていたのは数秒か数十秒か。視線を逸らした顔からは何のメッセージも読み取れず、いつもは平気なはずの沈黙が窮屈に感じて、耐え切れずこちらから口を開いてしまった。 「これ、ユウヤさんのキーリングと同じデザイナーですか?」 言いたい事が見つからない時に何か言っても、その居心地の悪さは相手に伝わる。困った顔をしたユウヤさんを見た瞬間、話すタイミングを邪魔した事を後悔した。 「そう…、さすがにお揃いとかはね、職場にバレても困るでしょう?」 少し笑いながら冗談にしてくれたけど、表情は相変わらず固いまま。 何か言おうと思ったところでゆっくりとポケットに手を突っ込んで、取り出した物を無造作にこちらの手に置いた。 体温で温まっていた金属は、鍵だった。 掌と、相変わらず何も言わずに不機嫌にすら見える顔の間で視線を往復させて、ようやく沈黙の意味が分かった。 そうか、ユウヤさん緊張してたんだ。 それが分かった瞬間気が緩ん力が抜けた。自分がどんな顔したのかよく分からない。 多分相当間抜けな笑顔で、半分泣きかけだったと思う。 まだ混乱してたけど嬉しかったのは確かだ。 でもそういう事は、当たり前だけど、言葉にしないと伝わらなかった。 何も言わない僕を見てユウヤさんは大きく息を吸い、膝に手をついて身体を二つ折りにしながらため息をついた。 「はぁー、…ねぇ、何か喋って?実はいらなかった?」 俯いたままの頭にそっと手を乗せた。いつも嫌な顔もせずに触らせてくれる柔らかい髪の毛の感触が、好きだ。 「そんなわけないでしょ?びっくりして言葉が出なかっただけ」 僕の言葉にユウヤさんがゆっくりと顔を上げた。半泣きの笑い顔、初めて見た。 「これでもう玄関開けっぱなしにしなくても大丈夫になった。ユウヤさん、不用心すぎ」 「あ、タメ口だ」 噛みあわない会話の後、どちらからともなく笑い出していた。 数秒だけど不安にさせてごめんなさい。慣れない言葉遣は少しくすぐったいけれど、こちらを見上げてる顔に向かって、伝えたい事を間違えない様にゆっくりと言葉を紡ぐ。 「俺も、鍵を渡していい?」 暫くきょとんとしていたユウヤさんが、緊張の途切れた反動か大笑いしながら言った。 「あははは!…は、はは…やっぱり違和感しか感じない!」 ここまで何とか口調を変えようとしてきたのに、いつもの調子を取り戻して意地悪を言い出した。 「酷いなあ、何ですかそれ。じゃあ鍵は渡さないし、口調も戻します」って言った瞬間下からぐっと引っ張られて身体の上に倒れ込みそうになった。 「っ!危ないですよ…急に何するんですか?」 ユウヤさんの身体を避けて膝と両手を床につき、四つん這いで覆いかぶさった。 仰向けに寝転ぶ人を見下ろすと嬉しそうな顔をしていた。 ラグの上だけど冬の床の冷たさが膝と掌にじわじわ伝わってくる。 「背中、寒くないですか?」 今度はユウヤさんが何も言わずに首を軽く左右に振る。 いつもと違う位置関係で、普段使わないタメ口で話したせいか、ちょっとだけ…本当に少しだけ意地悪を言ってみたくなった。 「もしかしてはしゃいでる?」 ユウヤさんは一瞬目を見開いてすぐに笑顔になった。 「言うようになってきたね。上下もいつもと反対だ。…星崎くん、ついでにタチ試してみる?」 …なんの冗談だろう、いや別にいいんだけど、ええと、僕が入れるんですか? 何も言い返せずにいると、手が股間に伸びてきた。 「い…今ですか?」 動揺しすぎて思わず時計を見るためにユウヤさんの顔の脇についていた手を動かしたら、また大笑いされた。

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