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キングが家にやってきた 3

「あれは?」  鳴が言い淀むと、皐月は不思議そうに首を傾げた。 「あれは、えっと、うちの学校の生徒会長でルームメイトでご――じゃなくって、要するに先輩の家の車なんだ。なんか機嫌が良かったらしくって、ついでにここまで送ってくれたんだよ」  うっかり『ご主人様の』とつけ加えてしまうところだった。危ない危ない。内心で冷や汗を拭う。 「ああ、相馬君のご主人様の車なんだ」  皐月にあっさり言われて、鳴はフリーズした。  奴隷としてこきつかわれている現状は何人かの友人に話してあるが、その中に皐月は、というか女子は入っていない。鳴にだってそのくらいの見栄はある。 「おまえが高校で奴隷をやってる話なら、元クラスメート全員が知ってると思うぞ。俺も、他の奴らも面白がってみんなに話したから」  陽人は少しも悪びれることなく笑って言った。その笑顔は野球少年らしくどこまでも爽やかだ。  男らしい顔立ちとピッチャーという目立つポジションのせいか、陽人は女子の人気が高い。中学時代はファンクラブまであったほどだ。どうせ高校でも女子からきゃーきゃー騒がれているんだろう。  しょせんモテる男には鳴のささやかな矜恃などわからないのかもしれない。 「……秘密にしてくれとは言わなかったけど、だからって全員に広めることなくない!? 友達の不幸をなんだと思ってるんだよ」 「奴隷だとかキングだとか、そんなマンガみたいな話、みんなに話したくなるに決まってるだろ。うちの家族にも大ウケだったぞ。よかったな、絶対に外さない一生モノのネタができて」  爽やかな笑顔で鳴の肩をポンと叩く。  人の不幸をネタ扱いとは。なんという友達甲斐のない奴だろうか。親友の二文字ががらがらと音を立てて崩壊していく。 「あ、そうそう。今日、菜々ちゃんもくることになったから。相馬君と話したいことや訊きたいことがあるんだって。相馬君が高校で奴隷をしてるって話したら、すごいテンションになってたよ。どうしてなのかな」 「……三上さんが?」  鳴の顔がピキッと引きつった。  三上菜々(みかみ なな)。鳴の元クラスメートにして鳴にBLだの平凡受けだのという言葉を教示した、特濃の腐女子だ。  鳴はBLを悪い趣味とは思っていない。変わった趣味だとは思っているが、どんな趣味を持とうが、それはその人の自由だ。が、しかし、菜々には鳴が主人公のBL小説を書かれたという忌まわしい過去がある。はっきり言ってあまり再会したい人物じゃなかった。 「そういえば三上と鳴って仲が良かったよな。連絡取ってないのか?」  陽人が訊いてきた。  ちなみにそのBL小説の相手役は陽人だった。陽人も鳴同様に半ば無理やりその話を読まされたのだが、 「なんか全然意味がわかんねーけど、ま、いいんじゃね?」  というのが陽人の感想だった。言葉通りほとんど意味がわかっていないに違いない。

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