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キングが家にやってきた 5
鳴は久々のカラオケと心から楽しみにしていた。
カラオケが趣味というわけじゃないが、祖父から春夏冬学園に入学しろと無茶ぶりをされてからというもの、ほとんどの遊びを断って受験勉強に専念してきたのだ。
今日のカラオケは実に久しぶりの娯楽だった。それなのに――
とうとう一曲も歌えないまま、三時間のカラオケは終了となってしまった。一体この三時間なにをしていたのか。菜々の執拗なまでの質問責めにあっていたのだ。
寮生活や雪生について話したところで、ボーイたちがラブする話のネタにされるだけだとわかっている。鳴は「私は貝になりたい」という心境だったが、菜々のあまりの熱気に押されてつい色々話してしまった。
もちろんキスやあれこれされた話をのぞいて、だが。
「で、どうなの。私、鳴君の正直な気持ちを聞きたい」
カラオケが終わり、友人たちと渋谷の駅へ向かっているときだった。隣を歩いていた菜々が訊いてきた。
「どうなのってなにが?」
「綾瀬とルームメイトの生徒会長、いったいどっちが鳴君の本命なのか、ってことだよ」
鳴を見つめる菜々の瞳はいたって真剣だ。本気で訊いているところが恐ろしい。菜々の脳内では、鳴たちを登場人物に据えた男と男に寄るいけないラブストーリーが繰り広げられているに違いない。
妄想の中で何をしようが罪にはならない。が、願わくばあらぬ妄想に鳴を登場させないでいただきたい。
「あのさ、三上さん。前にも言ったと思うけど、俺は女の子が好きなんだよ。陽人は親友だし、生徒会長もこのごろは嫌いじゃないけど、本命とかそういうんじゃ――」
「ふたりとも好きだからどちらかひとりなんて選べないってこと? つまり鳴君は総受け希望なんだね。うーん、総受けっていまいち好みじゃないんだけどなあ。私、一穴一棒主義なんだ」
「そううけ? いっけついちぼう? ……なんかよくわかんないけど、広辞苑に載ってない言葉だってことはなんとなくわかるよ」
「総受けよりは3Pのほうがまだ好みだな。ワイルド系と綺麗系のふたりに翻弄され、弄ばれ、快楽の沼にはまっていく平凡受け。うんうん、なかなか萌えるかも。よし、鳴君、それでいこう」
「いや、いきません」
ただしゃべっているだけなのに疲労感が凄まじい。鳴はSAN値が見る見る間に減少していくのを感じていた。このままでは正気を失うのも時間の問題だ。
いったい俺はここまでなにをしにきたんだろう。中学卒業以来、友人たちに会うのは初めてだ。スマートフォンのやりとりじゃ話しきれないことを話したり、奴隷の愚痴を聞いてもらったり、カラオケを熱唱してストレス解消したりするはずだったのに。
ストレスは解消されるどころか増大する一方だ。
「おまえらほんっとに仲が良いな。ひょっとしてつきあってんの?」
前を歩いていた陽人が呆れた顔で振り返った。隣を歩いていた皐月もつられたように振り返る。
ああ、そんな科白、腐女子の菜々を喜ばせるだけなのに。
「……どうしよう、鳴君。綾瀬の奴、私たちの仲を誤解して焼きもち焼いてるよ。誤解を解くために、ここで私たちと別れてふたりで道玄坂に消えてもいいよ」
「いや、消えないけど。どうして道玄坂」
「知らないの? 道玄坂の裏通りってラブホがたくさんあるじゃない。誤解を解くのにうってつけの場所だよ」
「……俺は陽人の誤解の前に、三上さんの誤解をどうにかしたいよ」
肺の空気をすべて吐き出すように盛大な溜息を吐いたときだった。後ろのポケットに入れていたスマートフォンが小刻みに震えた。
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