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キングが家にやってきた 8

 鳴は雪生に促されるままにベンツへ乗り込んだ。  とてもみんなと、というか菜々と帰る気にはなれなかった。雪生という実像を知り、ますます悪化した妄想を聞かされるハメになるのは目に見えている。想像しただけでダイエットに成功してしまいそうだ。 「………………疲れた」  鳴は後部座席のシートにぐったりともたれかかった。  隣には雪生が座っている。鳴をますますげっそりさせた張本人は、いつも通りのしれっとした表情だ。先ほどまでの感じの良い笑顔は綺麗さっぱり消えている。 「寮まで頼む」 「かしこまりました」  桜家の運転手を務める初老の男は恭しく返事をすると、ベンツを静かに発進させた。 「なんだ? なにか言いたげだな」  鳴が物言いたげな目で雪生の横顔を見つめているのに気がついたらしい。雪生は微笑を浮かべて鳴へ目を向けた。 「……さっきの態度、なにあれ。にこにこしてる雪生って激しく不気味なんだけど。ひょっとして悪いものでも食べた?」 「失礼な奴だな」  そう言いつつも気分を害した様子はない。 「おまえの友人に失礼がないように気遣ってやったんじゃないか」 「確かに失礼じゃなかったけどさ……。っていうかさ、俺を偶々見つけたからって、わざわざ車を降りる必要あった? スルーしてさっさと寮に帰ればよかったのに」  雪生という燃料を得た菜々の妄想が、果たしてどこまで暴走するのか。『金の雨を紡ぐ指』の第二弾が完成するのは、遠い未来じゃないはずだ。  ちなみに『金の〜』というのは鳴が主人公のBL小説のタイトルだ。 「おまえの友人を見てみたかったんだ」 「は……?」  鳴の友人を見てどうしようというのか。庶民の友人もやっぱり庶民だな、と確信したかったのか。それとも鳴に少しは興味がある、ということなのか。  鳴はもぞっと肩を動かした。なんだかくすぐったい気分になったからだ。 「そ、そっか。でも、すごい偶然だよね。俺たちの横をちょうど車で通りかかるなんて」 「俺はアメリカにいたとき、叔父の家で世話になっていたんだ」 「は? アメリカ? なにいきなり」 「叔父はシェパードを飼っていた」 「はあ……」  なんだってアメリカにいたころの話に切り替わったのか。脈絡がなさすぎる。 「アメリカじゃあ迷子になったときのために、犬の耳にGPSのチップを埋める飼い主が多い。叔父も飼い犬にGPSをつけていた。日本じゃあまりやらないみたいだけどな」 「それがどうし――って、えっ、ま、まさか?」  鳴は思わず耳に手をやった。雪生の視線が耳に向けられているのに気づいたからだ。  雪生はにっこりと微笑んだ。 「偶々見つけたわけじゃない。GPSでおまえの居場所を調べたんだ」 「じっ、GPSって、俺の耳に!? いっ、いつの間に!?」 「おまえが寝ている間に埋めさせてもらった」 「な、なに勝手なこと……! ていうか痛いでしょ! 耳にそんなことしたりしたら!」 「安心しろ。おまえはぐっすり眠っていて、起きる気配すらなかった」  安心しろと言われて安心できるはずがない。人が熟睡している間に一体なにをしてくれたのだ。 「人の耳とプライバシーをなんだと思ってるんだよ!」  鳴は半泣きになりながら怒鳴った。

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