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キングが家にやってきた 9

「い、一体どっちの耳のどこに埋めたんだよ! 取り出し可能なんだよね!? でも、取り出すってどうやって? 耳をカッターとかで切って取り出すとか? 絶対に痛いんだけど!?」  ふと見ると、雪生は声を押し殺し、自分で自分を抱きしめるようにして笑っていた。両肩がふるふると小刻みに揺れている。  パニックがすうっと収まり、かわりにふつふつとした怒りが湧いてきた。キングだろうがご主人様だろうが、人としてしてはいけないことがあるだろう。それを謝るどころか笑うとは。悪魔だってここまでひどい性格はしていないはずだ。 「人の身体にとんでもないことをしておきながら、よく笑えるね! 今度という今度は許さ――」 「冗談だ」 「ない――って、え?」  雪生は顔を上げると、笑いすぎて涙の浮かんだ瞳を鳴に向けた。 「冗談に決まってるだろ。だいたい、いくらおまえがマヌケでも、耳にチップを埋め込まれて気づかないわけがあるか」 「そ、それはそうだけど。って、たちの悪い冗談はやめてくれる!? 雪生ならやりかねないから冗談に聞こえないんだよ! ちょっと! 運転手さんまで一緒になって笑わないでくださいよ!」  鳴が文句を言うと、初老の男は笑みの滲んだ表情で振り返った。車はちょうど赤信号で止まっている。 「いや、すみません。雪生様があまりに楽しそうに笑っておいでなので、ついつられて。……素敵なご学友をお持ちですね、雪生様」 「ああ、素敵なまでに単純なご学友だ」  いちいち言うことが憎らしい。いつか必ず『口は災いの元』ということわざを身に染みて思い知らせてやる、と鳴は心に誓った。 「じゃあ、俺の耳にGPSを埋めた、っていうのはまったくの嘘なんだね」 「当たり前だ。いくらおまえが相手でもそんな無法な真似をするわけがないだろ。俺はただおまえのスマホにGPSアプリをインストールしただけだ。安心しろ」 「そっか、それなら安心――って、人のスマホに断りもなくなにをしてくれてるんだよ!」  鳴が牙を剥き出しにするように怒鳴りつけても、雪生は眉ひとつ動かさなかった。 「おまえは周囲からの恨みを買いやすい立場にあるからな。おまえの身の安全のために、どこにいるのか常にわかるようにしておく必要がある」 「だからって人に断りもなく……!」 「四の五の言われたら面倒くさいから勝手に入れさせてもらっただけだ」  どうやらこの少年は悪びれるということを知らないらしい。 「ロックかかってたはずなのにどうやって」 「おまえの考えそうなパスワードなら想像がつく。誕生日じゃ安直すぎるから誕生日を逆にした数字だろうと予想したら、案の定だった。おまえが単純で助かった。ありがとう」  雪生はにこやかに微笑んだ。美の女神でさえ見蕩れそうな笑顔だったが、鳴には腹立たしだけだ。  電話で『おまえ、まだ渋谷か?』などと訊いてきたが、渋谷にいることはわかった上で訊いていたのだ。  煮ても焼いても食えない、というのは雪生みたいな人間のことを評して言うに違いない。

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