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キングが家にやってきた 12
想像はしていたが、雪生は実に如才なかった。
綺麗な角度で頭を下げて、感じの良い笑顔で鳴の父親に礼儀正しく挨拶した。今すぐにでも社会人デビューできそうなそつのなさだ。
「鳴とひとつ違いだと聞いていたから、まさかこんなにしっかりした青年がやってくるなんて思いもしなかったよ」
父親の和春は感嘆した表情だった。
息子がいつもどんな目に合わされているのか切々と訴えたい衝動に駆られたが、そんな真似をしたら身の破滅だ。高校を無理やり退学させられて、就職活動を余儀なくされるかもしれない。
鳴は能面で雪生と家族のやりとりを見つめていた。
「鳴、お手本となる先輩がルームメイトでよかったじゃないか」
「……あははははは」
乾いた笑いしか出てこない。この場でいつものような毒を吐かれても困るのだが、ここまで完璧に優秀な先輩を演じられても、それはそれで腹立たしい。仮面を引っ剥がしてやりたい衝動に駆られる。
「鳴君には確かお祖父様もいたはずだけど、今日はご在宅じゃないのか?」
雪生が訊いてきた。
(な、鳴君……!?)
一瞬にして両腕に鳥肌がぶわっと立った。初対面の家族の前で呼び捨てにしないのは当然かもしれないが、日ごろの態度とあまりに違いすぎて不気味のひとことだ。
「どうかしたのか?」
「……な、なんでもないよ。じいちゃんなら工場にいってるって。今日は休みなんだけど、なんか気になることがあるんじゃないかな」
雪生に祖父の話をしたことなんてあったっけ、と思いながら、鳴は説明した。
家族への挨拶が済むと、雪生を部屋へ案内することになった。
(なんだかすっごく緊張するんだけど、どうしよう)
深窓の令嬢を場末の定食屋に案内する心境だ。相手は金持ちのお坊っちゃんとはいえ、しょせん男なんだから気取ったところで無意味なのに。
「あのさ、言っとくけど庶民のしょぼい部屋だからね。部屋に入る前に一切の期待を捨ててよ」
「おまえの部屋は地獄かなにかなのか? 俺がおまえの部屋に一体どんな期待をすると言うんだ」
「だって、雪生は一般庶民の部屋なんて見たことないでしょ。寮の部屋がスタンダードだと思ってるでしょ。言っとくけど、あれ、かなり特殊だからね」
「失礼な奴だな。そこまで浮世離れはしていない」
雪生はムッとした表情だったが、鳴からしてみればこれ以上ないほど浮世離れしているのだが。
「じゃあ、まあどうぞ」
鳴はドアを開けると雪生を促した。
鳴の部屋は鳴と同じく平凡だ。中学生のころから使っている勉強机、シングルサイズのベッド。漫画がメインの本棚と、オーディオ機器やちょっとしたものが並んでいるスチールラック。
それらが七畳のフローリングへ無難に配置されている。
雪生は部屋に入ると、着替えが入っているらしいスーツケースをベッドの前に置いた。首を動かして部屋をながめる。
友人、知人に部屋を見られるのは、そこはかとなく気恥ずかしい。
「見事に漫画ばかりだな」
雪生は本棚に目を留めると、呆れた口振りで言った。
「参考書だってちゃんとあるよ。ほら、いちばん下の段はぜんぶ参考書でしょ。こう見えても、ってどう見えてるか知らないけど、春夏冬に合格するために死にものぐるいで受験勉強したんだからね」
「おまえの頭じゃそうだろうな」
つくづくひとこと多い男だ。
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