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キングが家にやってきた 14
「お夕飯ができたわよ。下に降りてらっしゃい」
母親の声が階下から聞こえた。
「はーい! いまいくよ! 雪生、晩ごはんができたみたいなんだけど」
鳴は雪生に向き直った。ここは庶民代表としてきちんと言っておかなくては。
「言っておくけど我が家は庶民オブ庶民だからね。寮みたいな洒落たフレンチとかイタリアンは出てこないから。もちろん懐石料理からもほど遠いから。一汁三菜のじみーな食卓だから、ちゃんと心しておいてよ。出されたものを見て、これは犬の餌か? とか言うのは禁止だから」
「言うわけないだろ。おまえはいったい俺をなんだと思ってるんだ」
雪生はそう言うが、SAKURAのご子息の私生活なんて鳴には想像もつかない。寮生活であれほどの豪華さなんだから、それよりもゴージャスで華やかで贅沢なんだろうと予想するだけだ。
それが普通だと思われていては困るから、事前に忠告したのだ。
「だってさ、寮であれだけの料理が出るんだよ? 寮に入る前なんて、一日三食キャビアとかトリュフとか大トロとか松坂牛とか食べてたんでしょ。それ一般的じゃないからね」
「そんなコレステロールで血管がつまりそうな食生活はしていない。偏見も甚だしいぞ」
雪生は心底から呆れきった、と言わんばかりの表情で鳴をながめている。
まあ、確かにそんな食生活ではこの体型は維持できていないだろう。
ダイニングルームに入っていくと、すでに父親と祖父がテーブルについていた。テーブルでは肉じゃがの盛られた器がほかほかと湯気を上げている。
本日のメニューは肉じゃがに鯵とおぼしき焼き魚、レタスやトマトの盛られたサラダ、ほうれん草らしき青菜のおひたし、というラインナップだった。どこに出しても恥ずかしくない、いたって平凡な夕食だ。
「初めまして。鳴君のルームメイトの桜雪生です。今日からしばらくの間お世話になります」
雪生は祖父の史高に向かって綺麗な角度で頭を下げた。
「ああ、話は聞いている。ゆっくりしていきなさい」
史高は顔の皺を深めるようにして微笑んだ。六十半ばの史高は職人だけあって気難しい一面もあるが、基本的には気の良い男だ。友人が多く、夜は飲みにいっていないことも多い。
夕食はつつがなく始まった。
「たいしたものはないけど、遠慮しないで食べてね」
成美が声をかけると、雪生は微笑した。
「とても美味しいです。長い間アメリカにいて和食というと寿司や天ぷらくらいだったので、家庭の味は嬉しいです」
鳴はおや、と思った。雪生の笑みが本心からのものに見えたからだ。いつもの綺麗だけどどこかうさん臭い――といってもそう感じるのは鳴だけのようだがだ――笑顔じゃなく、少年らしい素朴な笑顔。
(そんな顔でも笑えるなら、いつもそうしていればいいのに)
そのほうがよっぽど好感度が高いというものだ。
「あら、そうなの。長い間アメリカにいたって、アメリカに留学していたの?」
「留学というか、小学生のころから十五まであちらで暮らしていました」
「じゃあ、英語も喋れるのね。すごいじゃない。鳴、いい機会だから雪生君に英語を教えてもらいなさいよ」
鳴ははは、と乾いた笑いを洩らした。その人は英語どころかドイツ語、スペイン語、フランス語、広東語まで話せるよ、と教えたら成美はどんな表情をするだろう。
鳴は雪生について『ひとつ上の先輩』だということと『ルームメイト』だということしか話していない。SAKURAの御曹司だと話したところで家族の態度は変わらなかったかもしれないが、雪生だってただの少年として扱われたほうが気楽だろうと思ったのだ。
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