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キングが家にやってきた 18

 アルバムには母親が書いたらしい小さなメモが写真と一緒に挟んであった。  それを見れば、いつどこで撮ったものなのかだいたいわかる。 「どうして泣いてるんだ」  雪生が指を差したのは幼稚園の年少のころの写真で、運動会のときのものだ。写真の中の鳴は地面に座りこんで大泣きしている。 「かけっこで転んだんだよ」 「なるほど。マヌケなおまえらしいな。こっちはうって変わって上機嫌だな」 「玉転がしで一等になったんだよ。……って、一枚ずつ丁寧に見ていかなくていいから。俺が調べたい写真はもう少し後のページなんだから」  雪生はご丁寧にも写真を一枚ずつながめては、感想を呟いたり鳴にあれこれ質問してくる。おかげでアルバムをめくる作業は遅々として進まない。  鳴はページを飛ばそうとしたが、雪生は身体の向きを変えてさっと避けた。 「せっかちな奴だな。ひょっとしたらこのころの写真にも初恋の相手が写っているかもしれないだろ」  雪生はそう言ったが、何年にも渡る知り合いなら母親が覚えているはずだ。覚えていないということは、鳴と美少女が友達だったのはほんの短い期間ということになる。いや、そもそも友達だったのかどうかも定かじゃない。 「たぶん写ってないと思うよ。とりあえず小学校入学前後の写真から見ようよ。そこがいちばん確率が高いんだから」 「こっちの写真はお遊戯会か?」 「そうだけど……」 「これはおまえの友人か?」 「幼稚園のころのね。小学校は別々だったから、もう全然会ってないけど」  雪生は鳴にアルバムを譲る気はまったくないようだ。写真を一枚ずつ指差しながら、のんびりとながめている。その横顔はそこはかとなく楽しげだ。 (ひょっとしてこの人、初恋の相手なんてどうでもよくって、俺の写真を見たいだけなんじゃ……? って、いやいやいやいや、そんなわけあるか! 自惚れが過ぎるでしょ!) 「この写真は――どうして赤くなってるんだ」  鳴の頬が赤くなっているのに気づいたらしい。雪生は怪訝そうな目を向けた。 「……なんでもないよ。えっと、どの写真?」  写真を一枚ずつ見ていったが、黒猫みたいな美少女の姿はどこにもなかった。 「……やっぱり写ってないかあ」 「これはこの間、おまえと一緒にいた人間だな」 「え?」  雪生は三冊目のアルバムをめくり始めている。母親に手渡されたからそのまま持ってきたが、それには中学生以降の写真しか収められていないはずだ。 「ああ、陽人か。そうだよ、雪生が迎えにきたとき一緒にいたよ」 「ずいぶん仲が良さそうだな」  雪生が指を差しているのは、鳴と陽人が肩を組んで笑っている写真だ。中学一年のときの文化祭の写真だ。懐かしいな、と鳴は目を細めた。 「中学でいちばん仲が良かったのが陽人だから。大雑把でてきとーな奴だけどいい奴だよ」 「ふうん」  鳴は思わず雪生の顔を見た。ふうん、という何気ない呟きが妙に意味ありげに聞こえたからだ。  雪生は陽人の写真をじっと見つめている。その顔は少々不機嫌そうに見えなくもない。なんだか焼きもちを妬いているような―― (だから! 自惚れが過ぎるって!)  鳴は恥ずかしさのあまり顔を手で覆いながらベッドの上を転がった。 「……どうした? ついに本格的におかしくなったのか?」 「……なんでもない。もう寝る」  ひょっとしたら雪生に少しは気に入られているのかも、と思いはした。思いはしたが、鳴が子供のころの写真を見たがっているとか、挙げ句に嫉妬しているのかもとか、自惚れにもほどがあるだろう。 (今日の俺ってちょっとかなりだいぶどうかしてる。こういうときは一旦眠ってリセットだ) 「あ、雪生、布団で大丈夫? なんだったら俺が布団で寝るけど」  ベッドの下にはお客様用の布団が敷いてある。お客様用だけあってふっかりした羽毛布団だが、お坊ちゃまの上に長くアメリカに在住していた雪生は布団で寝たことがないかもしれない。 「別に布団で大丈夫だ」 「え、ほんと? 布団で寝たことなんてあるの?」  鳴が問いかけると、雪生の眼差しがふっと遠くなった。懐かしい思い出を見つめるような眼差し。 「子供のころ、田舎に遊びにいったことがある。そのときは畳の上に布団を敷いて眠った」 「田舎ってお母さんの実家とか?」 「いや、祖父の友人の実家だ」  祖父の話はときどき出るが、雪生から両親の話は聞いたことがない。両親と疎遠なのか、それとも単に雪生がおじいさんっ子なのか。

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