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キングが家にやってきた 21
「おはよう……」
階段を下りてダイニングルームへ入っていくと、台所に立っていた成美が振り返った。
「おはよう、じゃないでしょ。休みだからっていつまで寝てるの。もう九時よ」
成美は息子に呆れた視線を送ってきたが、鳴だっていつもなら五時半には起きているのだ。早起きなら鶏にだって負けていない。今日だって『雪生は陽人に恋しているのかもしれない』という可能性に気づかなかったらとっくに目覚めて、とっくに朝食を食べ終えていたはずだ。
「……雪生は?」
「雪生君なら朝ごはんを食べ終わって、お父さんと一緒に工場を見にいってるわよ。お父さん、にこにこしてたわ。若い子が自分の仕事に興味を持ってくれたのが嬉しいんでしょうね」
そういえば夕食のときに工場を見せて欲しいと言っていたっけ。SAKURAの御曹司がしがない町工場にどんな興味があると言うんだろう。
(あの人、BLだろうとアニメグッズだろうと知らないものにはすぐ興味を持つから、じいちゃんの工場に興味を持ってもおかしくはないけど。二ノ宮の製品は世界の大企業からも認められてる優れものだし)
鳴は二ノ宮製作所の製品について詳しいことは知らないが、コンマ一ミリの精確さをもってして造られた製品だということはわかっている。大規模な工場では為し得ない精密さを求めて、国内のみならず海外からもオファーが届くのだ。
「お味噌汁温めるから、さっさとごはん食べちゃいなさい」
「はーい……」
鳴は大人しく椅子に座ると、テーブルに置かれていた卵焼きに箸を伸ばした。
雪生と祖父が連れ立って帰ってきたのは、鳴が朝食をほぼ食べ終わったころだった。
「けっきょく人類はまだ月にしか降り立っていないんですよ。先進国が最先端の科学技術をつぎこんで、ですよ」
「まあ、私が人類の火星着陸をニュースで目にすることはないだろうね。つまり雪生君は宇宙開拓はすでに限界を迎えていると思ってるのかね。まだ本格的に始まってもいないのに?」
「人類が超光速航法くらいの革新的な技術を手に入れない限りは。人間が渡るには宇宙は広大すぎるんです。せいぜい月や火星あたりに開拓用のロボットを送りこむくらいじゃないですか。それだって今世紀中に果たせるかどうか。人類が他の惑星に移住するなんて、現時点ではお伽噺にしか聞こえません」
ふたりは何やら難しい話を交わしながらダイニングルームへ入ってきた。
「おかえり。もう工場を見にいってきたんだ」
「なんだ、今ごろ朝食か。いくらゴールデンウィークだからといってだらしないぞ」
史高は眉を寄せて孫の鳴を見下ろした。
「成美、お茶を淹れてくれ」
「はいはい、ちょっと待ってて。雪生君も緑茶でいい?」
「はい、ありがとうございます」
雪生は感じよく微笑むと、鳴の隣に腰を下ろした。その横顔は清涼なまでに涼しげで、報われぬ禁断の恋に悩んでいるようにはまるで見えない。
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