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キングが家にやってきた 25

 雪生は椅子から立ち上がり、鳴を睥睨した。途惑う鳴の顎をつかんで持ち上げたかと思うと、挑戦的な笑みを浮かべる。 「言ってみろ。いったい俺が誰を好きだっていうのか」 「えっ、えっと、は、陽人……?」  雪生の勢いに気圧されて、思わずダイレクトに訊いてしまった。 「陽人?」  雪生の眉が怪訝そうに寄る。 「陽人というのはおまえの友人か? この間、渋谷に出かけた際に一緒だった」 「う、うん。雪生はその陽人のことが好きになっちゃったのかなーって思ったりなんかしちゃったりして……」  鳴はあはははははと冷や汗を掻きながら笑って誤魔化そうとしたが、雪生の瞳の温度は下がる一方だ。 「なんだって言葉をかわしてもいない、チラッと目にしただけの人間を、この俺が好きにならないとならないんだ」 「いや、だって、俺と陽人のツーショット写真を面白くなさそうな顔で見てたから。ひょっとして俺に焼きもち焼いてるのかなーって」  ピキッ、という音が聞こえてきそうな勢いで、雪生の表情が固まった。 (え、あれ、まさかの図星!?) 「気のせいだ」  雪生は不自然なまでの無表情できっぱりと言った。 「俺はただ俺の奴隷は昔からマヌケ面だったのか、と絶望的な気持ちになっていただけだ」 「……人の顔のことで勝手に絶望しないでくれる?」 「とにかく俺には好きな奴なんていないし、おまえの友人に興味はない。もちろん焼きもちなんて焼いていない。焼く理由がない。以上だ」  雪生は椅子に腰をもどすと、問題集を指で差した。 「さっさと解け。間違ったら頰を千切るからな」 「いやいやいや! 間違ったくらいで千切らないでよ! 俺のほっぺはヒトデみたいに再生しないんだよ!?」 「馬鹿げた妄想でこの俺を動揺させた罰だ」 「え、動揺したってことは、やっぱり好きな人がいるってこと?」  雪生の表情がふたたびピキッと固まった。かと思ったらいきなり立ち上がり、布団に潜りこんでしまった。 「ゆ、雪生?」 「もう寝る。おまえはひとりで問題集の残りを全部やっておけ。答えは明日の朝にでも見てやる」 「残り全部って――無茶言わないでよ。朝までかかるよ、そんなの」 「じゃあ、やれるところまでやっておけ。鳴、おやすみ」  雪生は本気で寝るつもりらしい。やがて規則正しい寝息が聞こえてきた。  ……わかってはいたがなんという勝手な男だろう。人に勉強をやらせておきながら、さっさと寝入ってしまうなんて。 (でも、さっきの態度からすると好きな人がいるっぽいんだけど……)  陽人じゃないなら消去法でいくと鳴ということになる。  確かにこれまでさんざんキスされてきた。股間を揉まれたことだってある。普通そんなことは好きな相手にしかしない。  が、しかし。だがしかし。好きな相手にはしないことをさんざんされてきたのも事実だ。 (……だいたい冷静に考えて、見た目も家柄も頭脳も運動神経もすべて飛び抜けたこの男が、同性だってことを抜きにしても平々凡々なこの俺を好きになったりするか?)  答えはコンマ二秒で出た。  するわけがない。 「……考えるまでもなかったな」  ははは、と乾いた笑いがこぼれた。笑い声は夜更けの部屋に虚しく響いて消えていった。  勝手に勘違いして、ひとりでバタバタして馬鹿みたいだ。  でも、だとすると、雪生の好きな人はいったいどこの誰なのか。春夏冬の生徒なのか。それとも余所の人間なのか。  なんだか胸がもやもやする。もやもやというかムカムカというか。苦しいような痛いような。  夕飯を食べすぎたかな、と思いながら、鳴はしかたなく問題集に取りかかった。

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