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キングが家にやってきた 27

 朝食を済ませたふたりは鳴の部屋へもどってきた。 「今日の夜食として唐揚げのおにぎりを作ろうって思ってるんだけど、それでいい?」  連休も今日で三日目。明日には寮へもどらなくてはならない。となると今日のうちに『唐揚げのおにぎりを作って雪生に食べさせる』というミッションは消化しておきたい。 「ああ、かまわない。おまえが作るのか?」 「唐揚げは母さんに作っておいてもらって、食べる前に俺が握るよ。……今日もスーツでお出かけなんだ。毎日毎日よくもまあおつき合いがあるもんだね」  雪生は今日も今日とてスーツ姿だ。といってもスーツは毎日ちゃんと違うものを着ているが。きっと一着で父親の給料一ヶ月分が軽く吹っ飛ぶに違いない。 「SAKURAの子息とお近づきになりたい人間は掃いて捨てるほどいるからな。まあ、これもSAKURAの人間としての勤めだ」  雪生は淡々とした口調で言った。  鳴からすれば目が潰れそうなほど華やかで眩い世界も、雪生にとってはごくありきたりな日常なんだろう。そんな人間が鳴の作ったおにぎりを食べたりしてるんだから面白いといえば面白い。 「やっぱり雪生がSAKURAの後を継ぐの?」 「さあな。俺には上と下に兄弟がいる。誰が継ぐかは祖父と父が決めることだ」  雪生に兄弟がいたなんて初耳だ。同じ部屋で暮らしていて、ゴールデンウィークまでこうやって一緒に過ごしているのに。 (俺って雪生のことあんまり知らないなあ……。自分のことべらべら喋るタイプじゃないし、俺も今まであんまりあれこれ訊かなかったし……)  高校に入学してから、というか雪生と出会ってから毎日がむちゃくちゃで、ご主人様のプライベートに興味を抱く余裕なんて微塵もなかった。雪生に好きな人がいたことだって知らなかったくらいだ。  雪生の好きな人。いったいどんな人なんだろう。この完璧超人が恋するくらいだから、きっと負けず劣らず完璧な人間に違いない。  女優のような美貌を持ち、モデル並みにスタイルがよく、オックスフォードにストレートで合格できるほど頭がよく、もちろん家柄も文句なしのお嬢様なんだろう。  そこまで完璧だとちょっと化け物じみている気もするが、雪生にはそれくらいの相手じゃないと釣り合わないのも事実だ。 「高校を卒業したらすぐSAKURAに就職するの?」  何気なく訊いただけだったが、雪生はなぜか顔を曇らせた。憂鬱なことを思い出した、とでもいうように。 「……たぶんそうなるだろうな」 「え、ひょっとしてSAKURAに就職したくないの?」 「――どうしてそう思うんだ」  雪生は意表を突かれたような表情で鳴へ目を向けた。 「どうしてって。そりゃ、そんなくらーい顔をすれば誰だってそう思うよ」 「……くらーい顔? 顔に出したつもりは少しもなかった。……おまえがあまりに明け透けで脳みその細胞がひとつしかないんじゃないのかというくらい単純だから、それに影響されたのかもしれない。由々しき事態だ」  雪生は難しい顔つきになると額を指で押さえた。  ……なんというかいちいち腹の立つ男だ。単純な俺に影響を受けるなんてずいぶん単純な感性ですね、と心で毒づく。 「SAKURAに就職したくないのって、他にやりたいことでもあるから?」 「もう出かける。じゃあ、また夕方にな」  雪生は鳴の質問を振り切るようにして部屋を出ていってしまった。しばらくするとマルガリータの吠える声が聞こえてきた。雪生に散歩へつれていってもらえると勘違いしたんだろう。もうしばらくするとそれも聞こえなくなった。 「……マルの散歩にいってやらないとな」  SAKURAの御曹司なんて将来が確約されているようなものなのに。雪生にとってはそれも重い足枷でしかないのかもしれない。  平凡には平凡なりの、金持ちには金持ちなりの悩みがあるようだ。

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