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キングが家にやってきた 28

 勉強を初めて一時間。鳴はそろそろいいだろうと椅子から立ち上がった。 「じゃ、夜食を作ってくるね。雪生はここで待っていていいよ」 「いや、俺もついていく。制作の過程に興味がある」 「中身が唐揚げっていうだけで、他のおにぎりと一緒だよ」  鳴はそう言ったのだが、雪生は鳴に続いて椅子から立ち上がった。スーツはとっくに脱ぎ捨ててラフなルームウェアに着替え終わっている。  台所は無人だった。台所とひと続きになっているリビングも照明が落とされている。両親も祖父もすでに寝室のようだ。  まずは手を洗い、おにぎり作りに必要なものを用意する。塩、海苔、それに母親が作ってくれておいた鶏のから揚げ。ごはんは夕食の残りなので炊き立てではないが、それは妥協するしかない。  手の平に塩をまぶしてからごはんを載せる。小さめに作られたおにぎり用の唐揚げを中へ握りこみ、海苔で巻いたらできあがりだ。 「雪生、三つくらい食べられるよね? 唐揚げが六個あるから三つずつ握ろうと思うんだけど」  おにぎりを握りながら雪生へ目を向ける。雪生は鳴から少し離れたところに立ち、おにぎりが作られていくのをじっとながめていた。  いつもそうだ。寮でも毎日のようにおにぎりを作っているが、雪生は必ず傍に立って鳴がおにぎりを握るのをながめている。いくらおにぎりがめずらしいとはいえ、いい加減飽きてもよさそうなものなのに。  最初のころはじっと見つめられるのに緊張したが、さすがにそろそろ慣れてきた。 「ああ」  庶民の台所に立っている雪生はトリックアートのように奇妙な違和感がある。なにかがおかしい、なにか間違っていると視覚が訴えかけてくる。 「……就職の話だけどさ」  鳴は六つ目のおにぎりを握りながらできるだけさりげなく切り出した。 「別に親御さんの会社に就職しなくたっていいんじゃない? 他にやりたいことがあるならさ。それとも絶対うちに就職しろって言われてるの?」 「いや、父親も祖父もそこまでは言ってない」  雪生の淡々とした声が庶民の台所へ響く。 「じゃあ、大丈夫なんじゃないの?」  六つ目のおにぎりが完成すると、鳴は皿をダイニングテーブルへ運んだ。 「……そうだな。でも、そういうわけにもいかない」 「いかない、ってどうして?」  深入りしすぎかなと思ったが、ここで会話を止めてしまうのも不自然だ。そろそろ『奴隷のおまえに関係ないだろ』と冷たくあしらわれるだろうな、と思いつつも訊ねてみた。 「ある人を裏切ることになるからだ。……そのうちちゃんと話すから待っていてくれ」 「――――」  まさかそんなまともな返答が返ってくるとは夢にも思わず、鳴は言葉につまった。なんだかまるで友人同士みたいな会話だ。うるさいと斬り捨てられるのを覚悟で訊いたのに。  ひょっとしてひょっとしなくても奴隷と主人というだけじゃなく、友人として認められていると思っていいんだろうか。  爪先と踵と心臓がそわそわ落ち着かなくなる。

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