133 / 279

キスの嵐 2

 教室の席に着くなり盛大な溜息が出た。溜息の原因はもちろん雪生だ。  何だって朝っぱらから何度もキスされないといけないのか。奴隷を大切にしよう、という思いからの行動のようだが、ズレていること甚だしい。沖縄を目指していたら北海道に到着していた、というレベルのズレっぷりだ。 「相馬君、おはよう。ゴールデンウィークはどうだった?」  明るい声で話しかけてきたのは鳴のクラスメートにしてこの学園で唯一の友人――瀬尾朝人だ。朝人は鳴の前の席に腰を下ろすと不思議そうな視線を向けてきた。 「大丈夫? なんだか朝から疲れきってるみたいだけど……。ゴールデンウィーク、よっぽど忙しかったんだね」 「いや、ゴールデンウィークっていうか……」  鳴を疲れさせたのは今朝の出来事なのだが、いったい何があったのかと問い詰められると困るので曖昧に語尾を濁した。  いくら相手が唯一の友人とはいえ、雪生にキスされたなんて(まあ、日常といえば日常なのだが)知られるのは恥ずかしいし、うっかり他の生徒に聞かれようものなら血祭りにあげられかねない。 「……そ、相馬君、あれって宮村先輩だよね?」 「宮村先輩?」  朝人は途惑い気味の表情で教室のドアへ目を向けている。  宮村先輩というのはかつての雪生の奴隷であり、奴隷に返り咲くために鳴を観察しようとしたちょっと変わった人だ。  朝人の視線を追うと、宮村が教室の出入り口から半分だけ姿を出してこちらを見ている。と思ったら、視線を手元に落としてノートに何やら書き始めた。 「……ひょっとしてまた相馬君を観察してるのかな」 「ひょっとしなくてもそうみたい、だね……」 「どうする? 声をかけてみる?」 「そうだね……いや……」 「下手にかかわらないほうがいいかもね……」  鳴と朝人は顔を見合わせてうなずき合った。触らぬ神に祟りなし、だ。 「これから生徒会活動を始める。ゴールデンウィーク明けでたるんでいる生徒も多いみたいだが、生徒会執行部の中にそんな者はいないと信じている。今日も一日よろしく頼む」  雪生のきびきびした宣言で生徒会活動は開始した。  鳴をぐったり疲労させておきながら、端麗な顔にはいささかの疲れも見られない。それはそうだろう。あれだけ好き勝手に生きていればストレスなんて皆無に決まっている。  生徒会室に集まったのはいつもの面々――副会長の遊理、書記長の太陽、会計長の翼。それに加えてキングの奴隷たちがそれぞれの仕事に没頭している。鳴も己に与えられた、球技大会に関するアンケートの作成という仕事を黙々とこなすことにした。 「――……桜を実家に招いたんだって?」  鳴がパソコンのディスプレイに向かっていると、不機嫌そうな声が話しかけてきた。ディスプレイから目を上げた途端、敵意に満ち満ちた遊理の視線にぶつかった。 「えっと……な、なんでしょう……?」

ともだちにシェアしよう!