134 / 279
キスの嵐 3
「なんでしょう、だって? 奴隷の分際でとぼける気か?」
気がつけばいつの間にか雪生の姿がなくなっている。そういえば理事長に話があるとか言って、少し前に出ていったような。
翼の姿もなく、奴隷たちも残っているのは半数ほどだ。
「君の小汚い実家に桜を招いたのは事実か、と訊いたんだよ」
「えっ――まさか雪生、じゃなくって生徒会長から聞いたんですか」
だとしたら後で小一時間説教だ。遊理が鳴を毛虫のごとく忌み嫌ってるのは知っているはずなのに。
「誰からだっていいじゃないか。……やっぱり事実なんだね」
遊理の目つきが凄みを増した。今なら極道映画の主役をはれるんじゃないか、というご面相だ。
いや、だって雪生が淋しがるから、などと言おうものなら遊理の顔つきがヤクザから魔王へ進化をとげるのは目に見えている。
「いや、あの、はい、まあ……」
鳴は無意味にあははははと笑った。
「奴隷の分際で図々しいにもほどがある。雪生は庶民の生活になんて慣れていないんだよ。病気になったらどうするつもりだったんだ」
「いや、あの人そんなにか弱くな――」
「まあ、君の狙いはわかっているけどね」
「狙い?」
狙いというか雪生にから揚げのおにぎりを食べさせる、という目的ならあった。そのことを言ってるんだろうか。
遊理は唇の片端を吊り上げて皮肉な笑みを浮かべた。
「君の祖父は零細工場の経営者なんだって? おおかた経営が苦しくなって、倒産の憂き目から逃れるために桜にすり寄って桜家の力を利用しようとしたんだろ? 孫の人脈を頼るなんて、君の祖父も無様なものだな」
「……如月先輩」
鳴はテーブルに両手をついて椅子から立ち上がった。
真正面から遊理の目を見据えると、美貌の先輩は少々たじろいだ様子を見せた。
「な、なんだよ。奴隷の分際でキングの僕に文句でも――」
「今の言葉、取り消してください」
頭の奥がしん……としている。人間は頭に血が昇り過ぎるとかえって冷静になるらしい。
「俺を馬鹿にするのはいいですけど、俺の祖父まで馬鹿にするのはやめてください」
「ほ、ほんとうのことを言って何が悪いんだ」
「じいちゃんの工場は確かに小さいけど、そこで作ってるのは世界に通用する製品です。工場の規模が小さいのは、製品の精度を下げないためには少数精鋭でやるしかないからです。経営が苦しいからじゃない」
「奴隷のくせに生意気な――」
「奴隷とかキングとかって話じゃないでしょ。人として言っちゃいけないことってあるでしょ。うちのじいちゃんを馬鹿にするなら、じいちゃんより凄い製品を作ってからにしてください。あとうちは小汚くないですから。母さんがちゃんと毎日掃除してます」
遊理はわなわなと震えながら鳴を睨んでいる。鳴はハッと我に返った。
……しまった。怒りに任せて言いたいことを言ってしまった。
怒りを吐き出し終えるやいなや、後悔と動揺が押し寄せてきて、かわりに血の気がすうっと引いていった。
間違ったことは言っていない。が、遊理を怒らせるような真似をあえてする必要もなかったのに。
「この僕に逆らってただで済むと思ってるのか。僕がひと声かければ、おまえなんて闇から闇に葬りされるんだからな」
ひょっとしてこの人、極道の息子なんだろうか。鳴はぶるっと身を震わせた。
ともだちにシェアしよう!