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キスの嵐 5
「ついでに言っておくと、俺の家はアプセットっていうスポーツ用品メーカーで、翼の両親はふたりとも世界レベルで有名な音楽家だよ。それに翼の母親の実家は戦前から続く楽器メーカーだ」
アプセットといえばサッカーの大会やオリンピックのスポンサーにもなっている大手スポーツ用品メーカーだ。鳴もおなじみのロゴが入ったスニーカーを持っている。
スポーツ用品メーカーの息子だから体育会系なんだろうか。
「へー、そうだったんですねー」
航空会社にデザイナーにスポーツ用品メーカーに音楽家。庶民の鳴にはどれもこれも縁遠い。
きっとそれ相応の家柄でなくてはキングに選ばれないんだろう。ただでさえ眩しい四人組がますます眩しく見える。ほとんど後光レベルだ。
「まあ、相馬君にはどうでもいい話だと思うけどね」
「はあ、正直言っちゃうと雲の上の話過ぎてどうでもいいです」
鳴が素直に答えると、太陽は苦笑した。
「そういう子だよね、相馬君は。そういえば、さっき如月が言ってたけど、桜の奴、四連休を相馬君の家で過ごしたんだね。よっぽど相馬君と離れたくないんだな」
「いやいやいや、おかしな言いかたしないでくださいよ。そんなんじゃなくって、俺がいないと雪生が――」
淋しがるからと続けようとして、これじゃあ太陽の言葉を肯定するだけだ、と気づく。
「桜が?」
「……えっと、まあその、奴隷がいないと何かと不便だから、です」
「ふうん?」
太陽は面白がっているのがありありとわかる眼差しで鳴を見つめてきた。そこはかとなく居心地が悪い。鳴は椅子の上で身じろぎした。
「桜家には数えきれないほど使用人がいるはずなのに、奴隷がひとりいないだけで不便ねえ」
揶揄うように言われてうっと言葉につまる。そういえばこの先輩には雪生とキスしていることも(鳴は頑として認めなかったが)知られているんだった。
この際だ。思いきって訊いてしまおう。
「……あの、一ノ瀬先輩ちょっとお訊きしたいことがあるんですけど」
「いきなり改まってどうかしたの?」
「俺と雪生ってどんな関係なんでしょう」
他の人間に聞かれないように小声で尋ねると、太陽は目をぱちくりさせた。
「どんな関係って……。それは相馬君自身がいちばんよく知ってるんじゃないの?」
それがわからないから訊いているのだ。奴隷とご主人様というだけの関係じゃないことはさすがに自覚している。じゃあ、この関係をなんと呼ぶのか。それがわからない。
「雪生が俺をどう思ってるのかいまいちわからなくって……。ちょっとくらいは気に入られてるのかなーとか思ったりもしたんですけど。友達って呼んでもいいのかなーとか」
言葉を止めたのは、太陽がびっくりした表情で鳴を見つめていることに気がついたからだ。
「あ……やっぱり図々しかったですね。奴隷の分際で友達なんて」
「いや、そうじゃなくて――」
太陽は胸の前で腕を組むとうーんとうなった。
「まだその段階で止まってるんだ、と思ってさ」
「その段階?」
「俺の口から言っちゃうのは無粋ってものだから言わないけど、ふたりはじゅうぶん友達だと思うよ。まあ、ただの友達とも呼べないけどね」
ふたりはじゅうぶん友達だと思うよ――
太陽の言葉が脳内に繰り返し繰り返し反響する。
(俺と雪生って傍から見てもちゃんと友達同士に見えるんだ)
いきなりスポットライトが当たったかのように目の前がぱあああっと明るくなった。
「気になるなら桜に訊いてみればいいのに。相馬君のことをどう思ってるのか」
「あの人、すぐ話を逸らすし、毒舌家だし、なんとなく訊きにくくって。迂闊なことを訊いたりしたら何されるかわかんないですし」
鳴と太陽が話をしていると、生徒会室の重厚なドアが微かな軋みを立てて開いた。
入ってきたのは話題の主でありこの部屋の主、桜雪生だ。
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