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キスの嵐 8

「俺のいない間にいったい何があったんだ」  生徒会の仕事が終わり、ふたり並んで寮へもどる途中のことだ。雪生が歩きながら訊いてきた。 「いや、ちょっと如月先輩に絡まれただけ。いつものことだから気にしなくていいよ」 「一ノ瀬はおまえが格好よかった、などと解せないことを言っていたな」  鳴が格好いいと言われたのがどうしても納得いかないらしい。果たして雪生の目に自分はどう映っているのか。襟首をつかんで問いただしたい心境だ。 「あのさ、如月先輩、俺にじいちゃんがいることやじいちゃんの仕事も知ってたみたいなんだよね。雪生も俺にじいちゃんがいること知ってたでしょ。ひょっとしてこの学校って奴隷の身辺調査とかするの?」 「いや、春夏冬に入学できた時点でバックボーンに問題がないのはわかっている。わざわざ身辺調査をする必要はない」 「じゃあ、なんで――」 「奴隷の家族構成くらいは主人として把握しておくものだ」  雪生はあっさり言ったが、要するに陰でこっそり調べたということだろうか。家族構成くらい鳴に直接訊けばよさそうなものなのに。 「如月先輩は?」 「如月はおまえを妙に気にしているからな。おまえの家族について独自に調べたんだろ」  まるで他人事のように言ってくれるが、遊理が鳴を『妙に気にしている』原因が自分自身だという自覚がないんだろうか。 「鳴、おまえの初恋の相手のことだけど」 「えっ? なんか手がかりでも見つかったの?」  鳴は部屋のドアノブに手をかけながら雪生を見上げた。ひょっとして鳴の初恋の相手について雪生も調べてくれていたんだろうか、と思ったのだが、雪生は世にも愚鈍な生き物を見るような眼差しを向けてきた。 「どうして俺がおまえの初恋の相手の手がかりを持っていると思うんだ。おまえの過去の知り合いなんて、俺には探す手立てもないのに」 「いや、まあ、そうだけど……。なんか俺の初恋の相手が気になってるみたいだから、ひょっとして探偵でも雇って調べたのかなーって」 「……未だにまったく思い出してないんだな」  雪生は深々と溜息を吐いた。思い出していないのは事実だが、雪生から呆れられる筋合いではない。 「雪生、このごろ溜息多いよ。溜息をひとつ吐くと幸せがひとつ逃げるっていうから気をつけなよ」 「誰のせいだと思ってるんだ」 「誰のせいって、俺のせいじゃないよね。俺は人畜無害をモットーに生きてるんだから」 「少なくとも俺にとってはかなりの有害だけどな」  冷ややかに呟いた雪生こそ鳴にとってはかなりの有害なわけだが。  いつまでもドアの前でやり合っていてもしかたがない。鳴は部屋のドアを開けて中へ入った。 「鳴」  名前を呼ばれて、ドアを閉めながら振り返る。ギョッとして目を見開いたのは、整うだけ整った顔が睫毛の先まで迫っていたからだ。 「な――」  なに、と問うことすらできなかった。唇が触れて、すぐに離れる。 「問われる前に言っておくが、今のはただいまのキスだ」 「……いや、あのさ、おはようだとかただいまだとか、いちいちキスしてたらキリがないでしょ。コミュニケーションなら他にも――」 「これがいちばん手っ取り早い」 「――――」  やっぱり神様は雪生から常識という常識を奪い去ってしまったようだ。天は二物を与えずと言うが、二物どころか何物となく与えられた代償として常識を奪われてしまったんだろう。  鳴は出会ってから初めて雪生に同情した。

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