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キスの嵐 11
「俺が狡い?」
雪生は不当な言いがかりだ、と言いたげな眼差しを向けてきた。
「俺がいつおまえに卑怯な真似をしたというんだ」
「だって、そうでしょ。雪生って俺のことは色々知ってるのに、自分のことはぜーんぜん話さないよね。俺が訊いてもてきとーにはぐらかすし。雪生は俺の家に遊びにきたり、俺の友達とだって会ったりしてるのにさ。一緒の部屋で暮らしてても、俺、雪生のことなんてまだろくに知らないんだよ」
鳴が感情のままに訴えると、雪生は眉間を緩く寄せた。
「つまり俺のことがもっと知りたいということか?」
「え、えっと……まあ、そういうこと……ですかね」
ダイレクトに訊かれると奥ゆかしい日本人としては少々気恥ずかしいものがある。こんな気恥ずかしさ、帰国子女の雪生には理解できないだろうけど。
「知りたいことがあるなら訊いてみろ。答えられる範囲で答えてやる」
「えっ!? え、えっと――」
訊きたいこと、知りたいことはたくさんあるはずなのに、いきなり訊いてみろと言われると咄嗟に思い浮かばない。
「えーっと、えーっと、えーっと」
「ないならおまえの初恋の話に戻るぞ」
「ちょ、ちょっと待ってよ! あ、初恋! 雪生の初恋について教えてよ!」
この初々しさの欠片もない男にだって甘酸っぱい初恋の想い出くらいあるはずだ。
どんな女の子にどんな恋をしたのか。非常に興味がある。
「俺の初恋……?」
雪生は能面で呟いた。あれ、と思った。表情からするとあまりいい想い出ではなさそうだ。
「俺の初恋のことばかり訊くけどさ、雪生にだって初恋の想い出くらいあるんでしょ?」
雪生の表情はますます暗く翳っていく。これ以上つっこんで訊かないほうがいいのかな、と思ったが、雪生にはさんざん無体な真似をされてきた。
遠慮する必要などあるものか。
「いったいどんな子が相手だったの?」
「……どんな子? そうだな……ひと言で言うならムカつくことこの上なく、鈍くてアホで人を無意識に弄ぶ最低最悪の人間だ」
雪生の声は低く、相手に対する怨嗟に満ち満ちていた。どうやら初恋によっぽど嫌な想い出があるらしい。
(っていうか、ぜんぜんひと言じゃないんだけど)
「どうしてそんな子を好きになったりしたの」
「そんなことは俺が訊きたい。きっと神が俺に与えた試練なんだろう。与えられた試練なら乗り越えるしかない」
雪生は遠い目で呟いた。
なんだか意外だ。雪生のことだから、これまでの人生ほとんどハーレム状態で過ごしてきたものとばかり思っていた。一方的にちやほやされる雪生は容易に想像できるが、好きになった相手に振り回される雪生なんてちっとも想像つかない。
「質問はもう終わりだな。じゃあ、さっきの続きに――」
「ちょっと待ってよ! まだひとつしか訊いてないでしょ! もうちょっとくらい質問させてよ」
「まだなにかあるのか」
雪生はもううんざりだと眼差しで訴えてきたが、ここで怯んでしまっては雪生との距離は埋まらないままだ。
「えーっと、えーっと、えーっと……あ! 雪生の好きな人って誰?」
雪生に現在進行形で好きな人がいるのは薄々気づいている。が、それがどこの誰なのかまではわからない。
この尊大な完璧超人が好きになった人。いったいどれほどの人間ならこの少年の心を射止められるのか。
「……俺の好きな人、だと?」
不穏なまでに低い声だった。
しまった。好きな人の話題は雪生の地雷なんだった。
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