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借金よ、こんにちは 4

 ベンツから降り立つと、雪生はすぐ目の前にある小さな店へ足を向けた。ビルとビルにはさまれた縦長の店舗。小さな店にふさわしい小さな看板には『テーラー タカナシ』と書かれている。 (テーラーってなんだっけ?)  聞いたことがあるようなないような。 「鳴、こっちだ」 「あ、うん」  鳴がテーラーの意味を思い出そうとしている間に、雪生はためらいなく店のドアを開けて入っていく。鳴も慌ててその後に続いた。  店内を目にした途端、あっと声を上げそうになった。目に映ったのはジャケットを羽織ったトルソー、飴色の棚に重ねて収められた服地の見本帳らしきもの、違う棚にはワイシャツがびっしりと収納されている。  店の中央におかれているテーブルや椅子もアンティークなのか飴色で、店全体に古めかしい雰囲気が漂っている。  この手の店に縁遠い鳴だったが、ここが洋服の仕立屋だということは言われずとも理解した。 (……そっか、雪生みたいな人間はわざわざこういうお店でスーツを仕立ててもらうんだ)  鳴もいずれはどこかの企業に就職してスーツを買うことになるだろう。が、スーツをオーダーメイドで仕立ててもらうことは一生涯ありえないと断言できる。ごく一般的なサラリーマンになるだろう己には工場生産の既製服でじゅうぶんだ。 「桜様、お待ちしておりました」  柔らかな仕種で頭を下げたのは二十代後半と思しき青年。白いシャツにグレーのネクタイ、それに同じくグレーのベストという格好で、首にメジャーをかけている。  優しげな顔立ちに浮かんだ笑みもまた優しげだ。 「今日は無理を言ってすまなかった。こいつでもまあどうにか着こなせそうなスーツを仕立ててやってくれ」 「へ?」  雪生にぐいっと背中を押されて、鳴はよろめくように一歩前へ進み出た。 「相馬様ですね。桜様から電話でお話はうかがっております。今日はどうぞよろしくお願いいたします」  店員はふたたび恭しく頭を下げた。 「えっ!? いやっ、そんなご丁寧にどうもどうも」  鳴は慌ててぺこぺことお辞儀した。店員と客という立場とはいえ、年上の青年に頭を下げられると焦ってしまう。  というか―― 「雪生! いったいこれどういうこと!? 雪生のスーツを作りにきたんじゃないの!?」 「誰がいつそんなことを言った。今日はおまえのスーツを作りにきたんだ」  腕を組みながら鳴たちをながめていた雪生はしれっとした表情で言った。 「俺のスーツを作りにいくとも言ってないでしょ!」 「だからいま言っただろ」 「言うのが遅いよ!」  雪生を相手にしていても時間の無駄だ。鳴は店員の青年に向き直った。 「あのっ、俺、スーツは作りませんから。お金ないですし、作っても着ていくところもないですし」 「いえ、でも、今週末に開かれる桜会長の誕生日パーティーのためのスーツだとお聞きしていますが」 「は――?」  鳴はくるっと半回転するとふたたび雪生に向き直った。 「雪生、一体全体どういうことなんだよ。ちゃんと説明してくれない?」 「いまの話でわからないのか? つくづくマヌケな脳みそだな。おまえは俺の祖父の誕生日パーティーに招待されている。パーティーに出るにはスーツがいる。が、おまえはどうせスーツなんて持っていないだろ。俺のスーツを貸してやってもいいが、袖も裾も余ってみっともないからな。そういった理由でスーツを作りに今日はここへやってきたんだ。わかったか?」 「それくらいは事の成り行きからわかってるよ! そうじゃなくて! パーティーに招待されてるとかいま初めて聞いたんですけど!?」 「いま知ったんだから問題ないだろ」  雪生はうるさい奴だと言わんばかりの表情だ。うるさくさせているのが己だという自覚は皆無らしい。 「せめて車の中で話してくれない!?」 「おまえが虐待とか腹の立つことを言うから、途惑わせようと思ってあえて黙っていたんだ」  どうやら先ほどの鳴の発言をさりげなく根に持っていたらしい。虐待と言われたくないなら常日ごろの態度を改めてくれ。鳴はそう叫びたかった。

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