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借金よ、こんにちは 6

「俺の稼いだ金なら問題ないんだろ。高梨さん、後はよろしく頼む」 「はい、かしこまりました」  鳴と雪生のやり取りを傍観していた青年は、にっこり微笑むとメジャーを手に鳴へ一歩近づいた。 「では、まず身体のサイズを測らせて――」 「ちょ、ちょっと待ってください! 雪生! 雪生の稼いだお金だからって、スーツを買ってもらうわけにはいかないよ!」  鳴が叫ぶと、雪生はさも面倒くさそうな顔で鳴を見つめてきた。 「いったいどうすれば文句が出なくなるんだ、おまえは。パーティーの料理は食べたいけど、パーティーに出席するためのスーツはない。買う金もない。でも、買ってもらうのは嫌だ。でも、パーティーの料理は食べたい、だって? 我が侭もいい加減にしろ」 「我が侭って――それ、雪生にだけは言われたくないんだけど!?」 「買ってもらうわけにはいかないなら、無利息で金を貸してやる。出世払いでかまわない。もっともおまえが出世するかどうかはわからないがな」  憎たらしいことをしれっとした顔で言ってくれる。つくづく腹の立つ男だ。 「借りるにしたってそんな大金――」 「高梨さんが困っているぞ。さっさとサイズを測ってもらえ」  雪生の言葉にハッとして目を向けると、青年は『困りましたねえ』と言いたげな微笑を浮かべて鳴を見ていた。 「あっ、ご、ごめんなさい」 「いいえ、とんでもございません。じゃあ、サイズをお測りしますね」  さすがにこれ以上、駄々をこねて困らせるわけにはいかない。雪生ひとりが相手ならいくら困ろうが知ったことではない。むしろもっと困れと思うだけだが、他人を巻きこむのは申し訳なさすぎる。  鳴は観念してスーツを作ってもらうことにした。 「つ、疲れた……」  それから約二時間後――  鳴は銀座にある数少ないファミリーレストランのテーブルに額を突っ伏していた。  サイズを測って終わりかと思ったら、スーツのデザイン、生地や釦、果てには糸まで決めなくてはならなかった。  スーツなど一着も持っていない鳴にわかるはずもなく、ほぼすべて雪生が選んだのだが、それでも疲れた。 「だらしない奴だな。スーツをオーダーしただけでなにがどう疲れるんだ」 「慣れない場所と慣れない空気と慣れない行為っていうだけで、人間は疲れるものなの。……それに莫大な借金も背負ってしまったし」  食堂の空いている時間に間に合いそうにないため、どこかで夕食を食べて帰ることになったのだが、鳴はファミリーレストランまたはファストフードがいいと強く激しく主張した。  鳴のとぼしいこづかいで払えるのは、そのふたつくらいしかないからだ。  庶民のための店なんて雪生は嫌がるかと思ったが、意外な素直さでついてきた。いつもの好奇心を発揮したのかもしれない。  時刻は七時半。店内はすでに満席で、ウェイティングもできている。  お高い街、大人の街の銀座にもファミリーレストランがあったこと、そして、にぎわっていることにホッとしてしまった鳴だった。

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