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借金よ、こんにちは 8
「い、いい加減、注文を決めないとね! なにを食べようかなーっと」
鳴がメニューを開くと、雪生も手許のメニューに視線を落とした。が、一瞬にしてその顔がピシッと固まった。
「……なんだこれは」
「え? なにって、ごく普通のファミレスのメニューだけど。なにか気に食わない点でもある?」
「価格がおかしい。サラダが三百円? プロシュートが四百円? ……これは新手の詐欺じゃないのか」
雪生は大真面目な顔つきでメニューを指差した。どうやら金持ちも度が過ぎると常識知らずに傾くようだ。もっとも雪生に常識が備わっていないことは、とっくの昔に学習済みだが。
「そんなわけないでしょ。ここは安さが売りのファミレスっていうだけだよ」
「グラスワインが百円……!? 鳴、この店は異常だ。なんらかの裏がある。今すぐ出たほうがいい」
「ちょっと落ち着いてよ。ただ安いだけなんだから大丈夫だって」
「それともすべての料理がミニチュアサイズで出てくるのか?」
「そんなわけないでしょ……」
コントみたいなやりとりをしていると、通路をはさんだ隣の席からくすくす笑う声が聞こえてきた。
「かわいー」
「この店、初めてなのかな」
目を向けると、OLらしきふたりの女性客が鳴たちをながめながら小さな声で囁き合っていた。雪生のお坊ちゃま故の科白が面白かったらしい。まあ、あんな科白を本気で口にする人間は雪生をおいて他にはいない。
雪生も隣のテーブルの客が自分たちを見ていることに気がついたらしい。ちらりと目を向けた、と思ったら、整った顔ににこやかな微笑を浮かべた。対有象無象用の感じはいいが心のこもっていない笑み。もっともそのことに気づいているのは鳴だけのようだが。
女性客の頬が一瞬にして赤くなったのを、鳴は見逃さなかった。イケメン過ぎるイケメンに見つめられたのが恥ずかしかったのか、ふたりは慌てて目を逸らした。
「ものは試しで頼んでみるか。死ぬことはないだろう。……なんだその目は?」
鳴がジトっとした目で見つめていることに気がついたらしい。訝しげな視線を向けてきた。
「……イケメン無罪っていうけどさ、俺に言わせればイケメンはイケメンっていうだけで有罪だよ」
「おまえの話には脈絡がないな。言っている意味もよくわからない。それより注文は決まったのか?」
雪生はもう一切の関心を隣の女性客に向けようとしなかった。すべての興味は開かれたメニューに注がれている。
「えっと、どうしようかな……。ハンバーグとごはんにしようかな」
「エスカルゴが四百円!? ……鳴、やっぱりこの店は異常だぞ。この価格でエスカルゴを提供できるということは、裏で怪しい取り引きをしているのかもしれない」
「エスカルゴに関する怪しい取り引きってなに」
「それかそのあたりのカタツムリを獲ってきてエスカルゴと称して提供しているのかも――」
「ちょっと! 店員さんに聞かれたら怒られるようなこと言わないの!」
どうにかこうにか注文を決めるまでにたっぷり三十分はかかってしまった。
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