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センチメンタルパーティー 3

「……参考までに聞きたいんだけど、いちばん安い部屋で一泊おいくらなの?」 「だいたい六、七万くらいだ」 「ろ――って、それ近場の海外旅行がいけちゃう金額なんだけど!? あと六万と七万をひとまとめに言わない!」 「うちのホテルはシングルルームがないからな。ふたりでも部屋代は変わらないぞ。もっともおまえには一緒に泊まる相手がいないか」 「大きなお世話だよ!」  つくづくひと言多い男だ。だいたい泊まる相手がいたところで、ラグジュアリーホテルに泊まる金が借金持ちの庶民にあるはずがない。 「パーティー会場のレストランは最上階だ」  恐らく何度も足を運んだことがあるんだろう。雪生はためらいのない足取りでエレベーターへ向かった。  この手の場所に慣れない鳴はついきょろきょろおどおどしてしまう。場違いですみません、と周囲へ向かって無意味にぺこぺこしたい心境だ。  エレベーターが一階に到着すると、雪生は後ろにならんでいた外国人の婦人に英語で声をかけた。婦人が礼を言って先にエレベーターへ乗ったことからすると、お先にどうぞと言ったらしい。 (そういえばアメリカってレディーファーストの国だっけ)  先を譲る仕草が洗練されている。鳴が同じ真似をしようものなら挙動不審で通報されかねない。  エレベーターが動き出すと、雪生と婦人はにこやかな表情で会話を始めた。もちろん英語での会話だ。断片すら聞き取れない己が情けない。  所在なくエレベーターの隅に立っていると、ふいに婦人の目がこちらを向いた。親しげな表情で話しかけてきたが、なにを言っているのかチンプンカンプンだ。 「えーっと、あの、その、ハロー。アイアムジャパニーズ」  あははははは、と無意味に笑って誤魔化す。雪生の冷眼が頬に痛い。  雪生が何事かを婦人に話しかけると、婦人は「Oh!」と感嘆の声を上げて鳴をまじまじと見つめた。 「さっき何を話してたの」  婦人が十階で降りると、鳴は雪生に訊ねた。 「あの御婦人はおまえに『あなたは小学生なのか』と訊いたんだ。高校生だと教えたら驚愕していたぞ。何がアイアムジャパニーズだ。そんなことは見ればわかる」 「とりあえず英語で返事をしないとって思ったんだよ。ていうか小学生……?」 「日本人は若く見られがちだからな。特におまえはマヌケな顔をしているから、余計に幼く見えるんだろ」 「俺は可もなく不可もなくのごく普通の顔ですけど!?」    鳴が雪生に食ってかかるのと同時、かろやかな音が鳴り響き、エレベーターが最上階――二十階に到着したことを告げた。  鳴はハッとした。開いたドアの向こうへ目を向けた。  心臓が痛いくらいに高鳴る。  さあ、いよいよパーティーに突入だ。  いまだかつてテレビでしかお目にかかったことのないご馳走が、この向こうで待ち構えている。  鳴はごくんと喉を動かすと、両手を握り締めた。朝と昼は軽めに済ませた。スーツのポケットには胃腸薬が入っている。  パーティーの準備は万端だ。  いざ、出陣――

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