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センチメンタルパーティー 4
エレベーターの向こうは美しく磨かれた大理石のホールだった。鳴たちの姿が床にぼんやり映っている。
レストランはどこだ、と探すまでもなかった。どうやらこのフロアのすべてがレストランらしく、エレベーターホールには両開きのドアがひとつあるだけだ。
いかにも高級レストランといった風情の瀟洒なドア。鳴ひとりだったら入るどころか近づく勇気すらない。お金持ち以外お断りと門構えが物語っている。
雪生はためらうことなくレストランへ向かって歩いていくと、ドアの脇に立っていた初老の男に声をかけた。
「雪生様、お久しぶりです」
レストランの支配人だろうか。ブラックスーツに蝶ネクタイ姿の男はお辞儀の見本のような角度で頭を下げた。
「久しぶりだな、瀬川。元気そうで何よりだ」
雪生は感じのいい笑みを浮かべると鷹揚に言った。
相手が遥かに年配であっても上からの態度を崩さない。立派といえば立派だ。いくら立場が上だとしても鳴にはできない。
「そちらは雪生様のお連れ様ですか?」
「ああ、祖父からじきじきに招待されている。招待状はないがかまわないな」
「もちろんでございます。では、どうぞ中へ」
支配人らしき男はレストランのドアを大きく開けて、雪生と鳴を中へ通した。
(……ああ、ついにご馳走とご対面だ!)
心臓はバクバク、胃はグーグー唸っている。
扉の向こうはダンスパーティーが開けそうなまでに広々したホールだった。天井は首がのけぞるほど高く、凝った作りのシャンデリアが等間隔で吊り下げられている。
奥の壁は一面硝子張りで、近づけば東京の街が見下ろせるはずだ。
ホールでは着飾った大勢の老若男女が談笑していた。ざっと二、三百人はいるだろうか。洗練されたドレスに値の張りそうなスーツ。女性たちの胸元や耳には美しいアクセサリーがきらめいている。
なんだか映画のワンシーンのようだ。
広いホールの中央には縦長のテーブルが置かれ、料理の盛られた皿が所狭しと並んでいる。
どうやらまだ誰も手をつけていないらしく、料理は美しく盛られたままだ。
(よかった。出遅れなかった)
「鳴、よだれが出てるぞ」
「えっ!?」
慌てて口許を手で拭う。が、濡れた感触は少しもない。
「冗談だ。おまえが今にもよだれを垂らしそうな顔をしているから」
鳴は雪生をギッと睨んだ。シャレにならない冗談はやめろ。舌先まで出かけた文句を思わず呑み込む。
雪生は柔らかい笑みを浮かべて鳴を見つめていた。まるで幼い子供を見守る保護者のような、そんな眼差し。
(――なに、なんなのその笑顔は! 偶にそーやって素で微笑むの狡くない!?)
不意打ちの笑顔に心臓がきりきりざわざわする。
雪生が素の笑顔を見せるのは、鳴が知るかぎり自分だけだ。他のどの生徒が相手でも、例え相手がキングだとしても、雪生はそんな風に微笑んだりしない。
「え、えーっと、どの料理からいただこうかなー」
内心の動揺を押し隠し、テーブルを豪華絢爛に彩る料理の群れに視線を移す。
「料理に手をつけるのはパーティーが始まってからだ。意地汚い真似をして、俺に恥をかかせるなよ」
「食べるなって言われたら食べないよ。人を飢えた野良犬みたいに言わないでくれる? で、パーティーはいつ始まるの?」
「そろそろだな」
雪生が腕時計に目を落として呟いたときだった。ふいに照明が落とされ、ホールの右奥に設けられたステージにスポットライトが当たった。
全員の目が一斉にステージへ向く。
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