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センチメンタルパーティー 5
ステージといってもそれほど高さはない。階段二、三段ほどだ。
「皆さま、今日はようこそお集まりいただきました。これより桜龍彦(さくら たつひこ)から皆さまへ挨拶がございます。どうぞご静聴くださいませ」
澄んだ声のアナウンスが流れて、客たちのさざめきがふつりと消える。
鳴は視線をテーブルのご馳走からステージへ移した。ご馳走はもちろん気になるが、雪生の祖父がどんな人なのかも非常に気になる。
パーティーの主役はゆったりした足取りでステージに現れた。
(うおっ! こ、これが雪生のおじいさん――)
鳴は思わずのけぞりそうになった。
ステージの中央へ向かって大股に歩いていく老人は、全身から目に見えないオーラを放っていた。
(なんていうか戦闘力が高そうなご老人だな……)
髪はほぼ白髪で、顔にも年齢相応に皺が多い。紛れもない老人なのに、がっしりした身体つきのせいか炯々とした双眸のせいか、衰えを少しも感じさせない。
雪生の祖父――桜龍彦は壇上に立つと、炯々とした瞳で会場を眺めまわした。紋付き袴姿が堂に入っている。
「皆さん、今日はこの老いぼれのために集まっていただきどうもありがとう。とうとう私も七十になった。ここまでやってこられたのは、すべては家族やスタッフ、友人たちの支えがあってのことだ。あまり口には出さないが感謝している。今日皆さんに集まっていただいたのは、日ごろのお礼に美味いものを食べてもらおうと思ってのことだ。オランジュはフレンチの店だが、今日は大黒と藤山にも協力してもらい、フレンチだけではなく和食も取り揃えている。皆さんの舌と腹を満足させられることを願っている」
龍彦は皺の刻まれた顔に笑みを浮かべて、よどみなくスピーチした。人前に立つことに慣れているんだろう。少しも臆することがない。
(七十歳ってことはうちのじいちゃんと同い年か。うちのじいちゃんも生き生きしてるけど、雪生のおじいさんも生き生きしてるなー)
「雪生のおじいさん、なんていうか若々しいね」
「ああ、中身もずいぶん若々しいぞ。流行りの言葉なんて俺よりよっぽど詳しいくらいだ。偶に女子高生風に喋ってくるのはどうかと思うが」
スピーチの間を利用して、レストランのスタッフはゲストに乾杯用のドリンクを配っていった。雪生はペリエを、鳴はアップルジュースをそれぞれもらった。
「では、桜龍彦七十歳の誕生日を祝って――」
アナウンスがかろやかに告げる。
「乾杯――!」
龍彦がスタッフから手渡されたグラスを高々と掲げると、ゲストたちもそれに倣ってグラスを掲げた。
乾杯の声とグラスを打ち鳴らす音が幾重にも重なる。
龍彦がステージを下りると、スポットライトが消えてホールがパッと明るくなった。スイッチがオンになったかのように客たちのざわめきもわっと復活する。
さあ、豪勢な夕食、もとい誕生日パーティーの始まりだ。
鳴はあたりをきょろきょろと見まわした。まずはどこから挑もうか。
あそこのテーブルでシェフがサーブしているローストビーフか、それとも次から次へと握られていく寿司か、それともまずは定石通り前菜から攻めるべきか。
だめだ。目移りしてしまって決められない。
そうこうしている間にゲストたちは料理の盛られた皿を手にしていく。
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