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センチメンタルパーティー 6

「どうした? 何も食べないのか」  雪生はペリエのグラスから唇を離しながら訊いてきた。 「これだけ色々あると、どの順番で食べるべきか考えちゃって……」 「悩むほどのことか? 目についたものから適当に食べていけばいいだろ」 「なに言ってんの! 悩むほどのことだよ! 無計画に食べていったら、食べたかったものが品切れになったり、おなかいっぱいで入らなくなるかもしれないだろ。雪生にはめずらしい料理じゃないんだろうけどさ、俺にとっては一生に一度のご馳走なんだよ。慎重過ぎるほど慎重になるに決まってるだろ」  これだからお金持ちのお坊ちゃまは。庶民の気持ちがまるで理解できていない。  鳴は呆れた視線を向けたが、返ってきたのは更に呆れた視線だった。 「料理は潤沢に用意してあると言っていた。なくなる心配は無用だ。腹をいっぱいにしたくないなら少しずつ取って食べていけばいいだけだろ」  なるほど。その手があったか。ひとつの料理をたらふくいただくことしか念頭になかった。  そうと決まれば迷うことはない。鳴はローストビーフに小走りで向かった。 「す、すみません……! ローストビーフ一人前、いや、二人前お願いします!」  震えそうになる手でローストビーフの盛られた皿を受け取る。食べやすいサイズに切られた肉のなんと美しいことか。正しく薔薇色。食べる芸術品と言っても過言ではない。 (ああ、なんて美しい……。薔薇より、ルビーより、何よりも赤く美しく輝いて見える)  ソースを絡めてひと口頬張る。 「――うっ!」  鳴は思わず片手で顔を覆った。 「どうした? まさかソースに大量のわさびでも入っていたのか?」  ローストビーフを口に運ぼうとしていた雪生がびっくりしたように訊いてきた。首をふるふると横に振る。 「……柔らかい。この世の中にこんなにも柔らかいお肉があるなんて。柔らかいだけじゃない。噛みしめた瞬間に肉の旨みがじゅわっと口いっぱいに広がって……お口の中が極楽や……パラダイスや……。肉月に旨いと書いて脂と読む。俺は今日その意味を身を持って知ってしまった……」 「……おまえは将来、食のレポーターにでもなるつもりか」  雪生は呆れた口振りだったが、それもいいかもしれない、と鳴は心の片隅で思った。食事して金を稼げるなんて、これほど素敵な商売はないじゃないか。  ふたりは丸テーブルの前に立ち、ローストビーフを心ゆくまで味わった。ゲストがグラスや料理の皿を置くためだろう。パーティー会場のところどころにこうした丸いテーブルが置かれている。 「……ローストビーフおかわりしようかな。いや、でもあっちの寿司もすごーく気になるんだよな」  ホールの壁際に設けられたカウンターでは、数人の職人がせっせと寿司を握ってゲストに振る舞っている。 「寿司を握っているのは大黒の職人たちだ。せっかくの機会だから食べておいたほうがいいぞ。おまえはなかなか食べにいけないだろうからな」 「大黒って? 店の名前?」 「銀座にある老舗の寿司店だ。うちの祖父が昔から通っている。桜会長のためなら、ということで今日は特別にパーティーで寿司を握ってくれるらしい」  SAKURA会長の御用達なら目玉が飛び出るほどお高いに違いない。そして、値段に見合って頬が落ちるほど美味しいに違いない。  脳裏に浮かぶのは艶やかな大トロ、容赦なく盛られたウニ、小さなルビーのごとく輝くいくら、寿司飯にのっていない卵焼き。  美味しいお寿司がいただけるなら目玉や頬がどうなろうが悔いはない。 「よーし! じゃあ、お次はお寿司に突撃だ!」  片腕を振り上げ、意気揚々と寿司のカウンターに向かおうとしたときだった。 「雪生――!」  愛らしい声が春夏冬学園生徒会長の名前を呼んだ。と、思った瞬間、ひとりの少女が身体をぶつけるようにして雪生に飛びついてきた。

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