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センチメンタルパーティー 8

「もう! 相変わらず素っ気ないなあ!」  瑠璃は唇を尖らせた。その表情がまた愛らしい。第三者の鳴がついにやけそうになる。 「瑠璃」  名前を呼ばれて、瑠璃は振り返った。少し離れたところに立っているスーツ姿の青年が、こちらへ視線を向けている。瑠璃の兄だろうか。 「あ、もういかなくっちゃ。パパのお知り合いに挨拶しなくちゃいけないんだって。雪生、メッセージにちゃんと返信してよ。いっつも既読スルーなんだから」  瑠璃は雪生の鼻先に指を突きつけると、ドレスのリボンをひらひらさせながら立ち去った。  鳴は寿司のことも忘れてその背中が見えなくなるまで見つめ続けた。 「……えっと、雪生、あの子と結婚するの……?」  雪生へ視線を向けると、さも面倒くさそうな視線が帰ってきた。 「言っただろ。正式な婚約者じゃない。ただの婚約者候補だ。候補なら他にも数人いる」 「数人って……。え、なにそれ。いわゆるハーレムってこと!?」 「おまえはアホか。いや、問うまでもなくアホだったな。今のは愚問だった。すまない」  これほど腹立たしい謝罪もない。鳴は険悪な表情で雪生を睨みつけたが、雪生はいつものように華麗にスルーした。 「婚約者候補はみんなそれなりの家柄だ。見境なく手を出したら大事になる」 「それはそうかもしれないけど……。雪生、婚約者候補の中に好きな人いるの?」  雪生に好きな人がいるのは知っている。ままならない恋だと言うことも。  本人は頑として認めようとしないが、鳴の目には明らかだった。 「好きだとか嫌いだとかは関係ない。家のための結婚だ。それに何度も言うが、俺に好きな奴はいない。いい加減、そのポンコツの前頭葉に刻み込んでおけ」  雪生は冷然と言い放つと、新しいペリエのグラスを口に運んだ。 「家のためって、家のために結婚するの!? 好きな人がいるのに、好きでもない人と!?」  いくら金持ちの家に生まれてきても、それではあまりに不幸だ。 「好きな人、好きな人うるさいな、おまえは。そんな相手はいないって言ってるのが聞こえないのか? 脳みそだけじゃなく耳までポンコツなようだな」  雪生はムッとした顔つきで睨んできた。が、見え透いた嘘はスルーに限る。 「好きな人と上手くいってないのは知ってるけどさ。諦めちゃだめだよ。がんばれば振り向いてくれるかもしれないじゃない。人間、努力が肝心だよ。雪生は見た目も頭もいいんだから、後は性格さえどうにかすれば、相手もひょっとしたら振り向いてくれるかもしれないよ。もし振られても一回失恋しただけで、人生を諦めないでよ。雪生にもいつか春が――いてててててててて!」  凄まじい力で頬を抓られて、鳴は思わず悲鳴を上げた。  周囲の視線が一斉に集まる。 「頭の中が常春の奴に言われる筋合いはない」 「励ましてるのにつねることないでしょ!」  鳴はひりひりする頬を手で押さえながら文句を言った。 「誰がいつ誰を諦めると言った。諦めるつもりも振られる予定もまったくないから覚悟しておくんだな」 「だったら最初からそう言ってよ! 無駄に心配しただろ。っていうか、俺に覚悟しろとか言ってもしょうがないでしょ」  鳴は涙目で睨みつけたが、雪生の表情は微動だにしない。 (っていうか、この人、好きな人がいるって認めたよね? 本人、気づいていないみたいだけど……)  そうか、やっぱりいるのか。  この天上天下唯我独尊少年が片想いをする相手。いったいどんな人なのか想像もつかない。  想像しようとすると、なぜか胸の奥がざわざわじくじくと痛む。 「あ、そうだ。雪生、ちょっと」 「なんだ?」  鳴は訝しむ雪生を無視して、雪生の左腕をさすさすと撫でた。 「……? 人の腕をどうして撫でるんだ。おかしな奴だな」 「いや、ちょっと。ご利益がありますようにって」  雪生はますます訝しげな表情になったが、鳴が説明するはずもなかった。

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