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センチメンタルパーティー 9

 握ってもらった寿司を次から次へ頬張っていると、雪生はSAKURAグループの幹部らしき男性に呼ばれてどこかへいってしまった。 (いいか、俺が帰ってくるまでこのテーブルから動くなよ。食べたいものがあればギャルソンに頼んで持ってきてもらえ。迷子になるような真似は絶対にするな)  と、幼児にするような忠告を残して。 (雪生ってほんっと失礼だよな。いくら会場が広くっても、高校生の俺が迷子になったりするはずないのに) 「相馬君!」  聞き覚えのない声にいきなり耳許で名前を呼ばれて、口に入れたばかりのいくらが思いきり喉につまった。 「ぐふっ――ゲホゲホゲホ!」 「おやおや、大丈夫かね?」  誰のものなのかわからない手が背中を叩く。どうにか呼吸を取り戻して顔を上げると―― 「ゆ、雪生のおじいさん!?」  目の前にがっしりした長身の老人――SAKURAグループ会長、桜龍彦が立っていた。  壇上に立っていたときも圧倒的なオーラを感じたが、目の前にするとほとんど圧力に近しいものを感じる。ただ浮かんでいる表情は穏やかで人好きのするものだった。 「驚かせてすまなかったね」 「い、いえいえ! こちらこそせっかくのいくらを喉につまらせたりしてすみません!」  ぺこぺこと頭を下げてから、視線を龍彦に向ける。 (うおっ! 眼力!)  目の力が強い。さすがは大企業の会長と言うべきか。雪生の眼差しにも力があるが、それとは種類が少し違っている。雪生は人を魅了するが、龍彦の眼差しには人を従わせる力がある。 「あっ、この度はお誕生日おめでとうございます! 七十歳、めでたいですね。うちの祖父と一緒です」 「ありがとう。そうか、相馬君の祖父君も七十歳か。今日はいきなり招待してすまなかったね。相馬君に直接会って謝りたかったんだ。辛子入りの最中を贈ったりして大変申し訳なかった」  龍彦に深々と頭を下げられて、鳴は大いに焦った。目上の人間、それも初対面の相手に頭を下げられてもただただ困る。 「いえいえいえ! 辛子の入っていた奴以外は美味しくいただきましたから!」 「雪生に聞いたが辛子入りのも余さずに食べたらしいね」 「はい。食べ物は残さない。それが俺のモットーなので」  鳴がきっぱり言い切ると、龍彦はふっと吹き出した。と思ったら、声を上げて豪快に笑い出した。 「相馬君、君はのほほんとした見た目によらず、なかなか剛毅な少年だな」 「いや、だってもったいないから……。食べ物を粗末にするな、がうちの祖父の口癖ですし。あ、そんなことより今日はご招待ありがとうございます。お陰様でこの世のものとは思えない美味しいお寿司をいただいています」 「大黒の寿司は美味いだろう? 私も少しいただくとしようか」  龍彦が手を上げると、近くにいたギャルソンがすかさず寄ってきた。 「寿司を十貫ばかり適当に握ってもらってくれ。相馬君ももう少し食べるだろう? 苦手なネタは?」 「いっさいありません」  食べ物の好き嫌いがない。これは鳴の数少ない自慢できる点だ。後は人の悪口を言わないことくらいか。  我ながら長所が少なくて淋しくなってくる。 「じゃあ、こちらのゲストにも同じものを。……相馬君、寿司を食べながら少し話をさせてもらってもいいかね」 「えっ!? かまいませんけど……」  大企業の会長相手にいったいどんな会話をすればいいのか。見当もつかない。鳴にも同じ年齢の祖父がいるが、祖父を相手にするときのようなわけにはいかないだろう。 (やっぱり政治とか経済の話かな。まったくもってよくわからないんだけど。こんなことなら生徒会室が取ってる日経をちゃんと読んどくんだった……)

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