162 / 279
センチメンタルパーティー 11
「相馬君が傍にいれば、あれも少しは変わるかもしれん。私はそれに期待しているんだよ。実際、私の目にはすでに変わりつつあるように見える」
龍彦は穏やかな声で言った。
「そ、そうですか? 俺――僕は僕と出会う前の雪生――さんを知らないから、よくわからないんですけど……」
出会ってすぐのころからけっこう無茶苦茶してきたよな、と頭の片隅で思い出す。とても雪生の身内には言えないような無体の数々が脳裏をよぎっては消えていく。
「なんか責任重大ですね」
「いや、君になにかしてくれという話じゃないんだ。相馬君は相馬君のままでいい。君が君らしくあること、雪生にとって大切なのはきっとそれだけなんだろう」
正直なところ、あの尊大極まりない少年が、鳴のような平々凡々少年に影響を受けるとはとても思えない。雪生はどこまでも果てしなく雪生だ。
が、年長者相手に面と向かって否定するのも気が引ける。
「あのー、ひとつ訊きたいんですけど、いいですか?」
「なんだね」
「いや、どうして俺なのかなっーて。雪生――さんの周りには優秀な人がたくさんいて、それに比べて俺はごくごくごく平凡な人間なのに」
雪生は初対面で鳴を奴隷に選んだ。雪生と寝起きを共にするようになってしばらく経つが、その理由はいまだにわからないままだ。
ひょっとしたら龍彦はその理由を知っているのかもしれない。期待をたっぷりこめて訊ねたのだが、
「それは私にはわからんよ」
あっさり言われてしまい、鳴は肩をがっくり落とした。
「でも、まあなんとなくわかる気がするよ」
「え?」
「相馬君の誰が相手でもマイペースなところが、雪生にはきっと好ましいんだろう。崇拝や憧憬などあれには価値がないだろうからね。君みたいなタイプはいそうにみえて中々いない。そのおおらかさは、私から見ても好ましいよ」
「いや、でも、ほぼ初対面でルームメイトに選ばれたんですけど」
あの時点でわかっていたのは鳴の外見くらいだ。まさか見た目だけで選んだとか?
(ひょっとして俺みたいなのがタイプだとか――ってそれはない。あるはずがない。タイプだったらもうちょっとマシな扱いをするはずだし、この平凡を極めた顔がタイプだとかあるはずがない。はい、身の程はよーく弁えてます。だいたい男同士でタイプもへったくれもあるかって話だよな。……へったくれってなんだろ)
「理由を知りたいのなら、これからも雪生の傍にいてやってくれ。ずっと隣にいれば、いつかきっとわかるときがくるはずだよ。……おや、あれがもどってくるみたいだな。私はそろそろ退散するとしよう」
龍彦はゲストの群れに目を向けた。つられて視線を向けると、黒豹めいた少年がこちらへ向かって優雅に歩いてくるのが視界に映った。
ドレスアップした人々の中にいてさえも、決して埋もれることがない。雪生は周囲からくっきりと浮き立っている。
「相馬君、孫をよろしく頼んだよ」
龍彦は皺を深めるようにして微笑むと、鳴に向かって右手を差し出した。
「はい、わかりました。特になにもできないと思いますがよろしくします」
龍彦の持っているオーラに圧倒されたのは最初だけで、気がつけば緊張はほどけていた。それもまた人の上に立つ者には必要な能力なんだろう。
鳴は笑みを返すと、差し出された手を握った。その刹那――
「ぎゃっ!」
手の平にビリッと刺激が走り、反射的に龍彦の手を振りはらった。
「おお、見事に引っかかってくれたな」
「ちょっ、なんなんですか、今の!? マジで痛かったんですけど!?」
「ああ、これか? かるーい電流が流れるようになっている装置だよ。今日のためにわざわざ作らせたんだ」
龍彦はにこやかに微笑みながら、鳴に右の手の平を見せた。そこには白く小さな装置が貼りつけられている。
「食べ物に悪戯すると、また相馬君を怒らせてしまうからね。じゃあ、どうしようかと考えて、これを思いついたんだ」
「思いついたんだ、じゃなくって! 悪戯そのものをやめましょうよ!」
「言っておくが、電流は私の手にも流れるんだ。想像よりも痛かった」
「いや、痛かったじゃなくって――」
蛙の子は蛙。蛙の孫も蛙。龍彦の孫は雪生。雪生の非常識さは龍彦譲りなのだと身を持って知った鳴だった。
ともだちにシェアしよう!