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センチメンタルパーティー 12

「祖父となにを話していたんだ」  テーブルにもどった雪生が訊いてきた。 「雪生のおじいさんのお孫さんのことだよ」 「要するに俺の話だろ。婉曲的に言う必要性がどこにある。……手がどうかしたのか?」  鳴がまだ痺れの残る手の平をながめていると、雪生は不思議そうな視線を向けてきた。 「雪生のおじいさんの悪戯にちょっと引っかかって……。なんていうかやっぱり雪生のおじいさんだよね。とんでもないことしてくるあたり」 「祖父は俺と違って稚気溢れる一面があるからな。あえて親しみやすさを演出しているのかもしれないが」  鳴に言わせれば稚気というよりもただの非常識だ。孫の後輩の手の平を痺れさせてどうしようというのか。  おかげで間接バストタッチの感触は綺麗さっぱり消えてしまった。まあ、しょせん雪生のスーツの感触でしかないのだが。 「それはともかく。次はなにをいただこうかなー。まだローストビーフとお寿司しか食べてないし。どうせなら全種類制覇したいよねー」 「あれだけ寿司を食べてまだ入るのか? 俺がいない間もどうせずっと食べていたんだろ。おまえの胃袋はブラックホールだな。一度切り裂いて見てみれば、宇宙の謎が解けるかもしれないな」  雪生は真面目な顔つきで鳴の腹を見つめてきた。スーツ越しに視線が刺さり、腹のあたりが落ち着かなくなる。 「……寝てる間に麻酔をかけてこっそり腹を切り裂くとか、絶対やめてよ」  雪生ならやりかねないのが恐ろしい。それだけの財力と権力、それに非常識さはしっかり持ち合わせているだけに。 「安心しろ。そのときは腹を切られたとわからないくらい腕の立つ外科医を用意してやる」 「いやいやいや! 安心できる要素まったくないから! ひたすら恐ろしいだけだから!」 「前菜を適当に持ってきてくれ。ひと皿は大盛り、もうひと皿は少なめで」  雪生は鳴の文句をさっくり無視して、通りかかったギャルソンに柔らかい口調で命じた。  相変わらず人の話を聞かない男だ。通知表に「雪生君は人の話をちゃんと聞かないところがあります」と書かれた経験があるに違いない。アメリカの通知表がどんなものなのか、そもそもあるのかどうかも知らないが。  文句は山のようにあったが、ギャルソンが運んできた皿を目にするとすべてふっとんだ。前菜というからサラダかそれに類したものだろうと思っていたのに、皿の上の料理は肉や魚をふんだんに使用した豪華なものだった。 「うわー! すごい! 美味しそう! ゴージャスぅ! 雪生、この黒いつぶつぶなに? あ、とんぶりかな。とんぶりよりちょっと大きい気がするけど」 「とんぶり? なんだそれは。蟹の上に乗っているそれはキャビアだ。庶民のおまえでもキャビアくらい食べたことがあるだろ」 「キャビア……! これがあの世界三大珍味として名高いおキャビア様……」  鳴は思わず皿に向かって「ははーっ!」と両手を合わせた。 「料理を拝むな。ご神体じゃないんだぞ。なんだキャビアも食べたことがないのか」 「あのね、雪生。庶民の家庭料理にキャビアなんてお高い食材は出てこないし、キャビアをおいてるようなお高いレストランにもいったりしないんだよ」  金持ちの非常識さにほとほと呆れた、と視線で告げてから、おキャビア様とその座布団と化している蟹の身を口へ運ぶ。 「――――――!」 「どうした? 喉につまったか?」 「うっ――」 「う?」 「う、う、う、うまーいっ! 喉から光が迸りそうになるほど美味い! そうか、これがおキャビア様か……。なんだかひとつ大人になった気がする……。お蟹様もむちゃくちゃ甘いし、旨味が口にぶわっと広がって……。余は満足じゃ……」  思わずしみじみ呟いた後でちらっと雪生に視線を向ける。どうせいつもの人を小馬鹿にするような顔で見てるんだろうな、と思ったのに。  鳴の瞳に映ったのは愛しげな眼差しで微笑む雪生の姿だった。

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