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センチメンタルパーティー 15
「鳴」
名前を呼ばれて視線を雪生にもどす。雪生は鳴を見ようとせずに呟いた。
「ありがとう」
「――えっ!?」
パーティーの喧噪に紛れそうな声だったが、鳴の耳にははっきり届いた。
(……あ、あ、あ、ありがとう!? ゆ、雪生が俺にありがとうって言った! ヤバイ、ヤバイぞ。これはヤバイ。恐らく天変地異の前触れだ。天から槍が降り、大地は裂け、太陽が西から昇る前触れだ……!)
頭の中で十人ほどの小さな鳴たちが「 エライヤッチャ! エライヤッチャ! ヨイヨイヨイヨイ!」と阿波踊りを一斉に踊り出す。
どうにかして世界滅亡を食い止めないと。そうだ、今こそ勇者として世界を救う旅に出るときだ。
パニックのあまり斜め明後日の方向へ発想が暴走しかけたときだった。
「雪生兄さん、久しぶり!」
雪生の背中に小柄な少年が飛びついてきた。その顔を目にした鳴はハッと息を呑んだ。
(か、か、か、可愛い……! どこのアイドル――えっ、男の子……?)
少女と見間違えそうな可愛らしい顔立ちをしているが、ウルトラマリンの上品なスーツはどこからどう見ても男物だ。
鳴より二、三歳ほど年下だろうか。ひと目で雪生と血が繋がっているとわかる。先ほどの兄と違い、ふたりは非常に似通っていた。雪生をもっと幼くして、頭の天辺から砂糖と蜂蜜をたっぷりトッピングしたらこんな感じになるだろう。
「春輝――久しぶりだな。相変わらず元気そうでなによりだ」
浮かんだ笑みは柔らかい。ごく稀に鳴へ向けられる以外は、雪生がまず見せることのない笑み。
(……なんだ、俺以外の人にもそういう顔を見せるんだ。……って、家族なんだから当たり前か)
胸の奥がなぜかちりっとする。
「雪兄、さっきあいつに絡まれてなかった? なに言われたのかだいたい想像つくけどさ。気にしちゃだめだよ。あいつ、雪兄がおじい様のお気に入りだからって僻んでるんだよ。跡取りの座を奪われちゃうーって――」
「春輝、ゲストの前だぞ。それに兄をあいつ呼ばわりは感心しないな」
春輝は首を竦めた。そのまま鳴に視線を向ける。好奇心をたっぷり含んだ視線をまともに浴びて、鳴はどきりとした。
「この人だれ? 雪兄のお友達?」
「高校の後輩だ。おじい様に頼まれてつれてきた」
「おじい様が? っていうことは、もしかしてもしかしなくてもこの人が相馬さん!?」
大きな瞳をますます見開いて鳴を見つめてくる。あまりにまじまじ見つめられると、相手が男の子とはいえ照れてしまう。女の子と見間違えるくらい可愛らしいから尚更。
(っていうか、俺、この子に見覚えがある気がするんだけど……。どこかで会ったことがある、わけないよな。相手は桜家のご子息なんだから。俺たち下々が足を運ぶような場所にやってくるはずないし。アイドルの誰かに似てるとか……。雪生に似てるからそんな気がするだけなのかな……)
「あ、はい、相馬ですけど……なんで俺の名前――」
「わー! やっぱり! あなたが辛子入り最中を完食した相馬さんなんだ! おじい様から招待したって聞いて、会えるのを楽しみにしてたんです。ファンです! 握手してください!」
屈託のない笑顔で言いながら、鳴に向かって右手を差し出してくる。鳴は予想外のリアクションに途惑いながら、春輝のほっそりした手を握り返した。雪生と同じくらいなめらかで、雪生よりふた回り小さな手だ。
「でも、びっくりしたなあ。辛子入り最中を食べ切っちゃうような人だから、もっとワイルドな人やおデブな人を想像してたのに。すごーく普通なんだもん」
辛子入り最中を完食するような人間が、まさか絵に描いたような凡人だとは夢にも思わなかったようだ。
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