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センチメンタルパーティー 16
「あ、僕、おじい様に挨拶にいかなくっちゃ。居残り勉強させられてて、ついさっききたばっかりなんだよね。雪兄、休みの日くらい家に顔を出してよ。あいつのことなんて気にしなくっていいからさ。よかったら相馬さんも遊びにきてくださいね」
可愛らしい笑顔を鳴にも向ける。雪生の胡散くさい笑顔と違って本心からだとわかる無邪気な笑顔だ。どうやら似ているのは外見だけで中身はあまり似ていないらしい。鳴にとっては幸いだ。
「あっ、は、はい! これはこれはご丁寧にどうもありがとうございます」
「やだなあ、敬語なんていらないですよ。僕のが年下なんだから。今度はわさび入り饅頭を用意しておくから楽しみにしておいてください」
にこっと天使さながらに微笑みかけられ、
「えっ!? あ、ありがとう。わー、楽しみだな-!」
ついつい心にもないことを口走ってしまった。
「雪兄、じゃあまた後でね!」
春輝は右手を振りながら、パーティー会場の奥へ消えていった。なんとはなしにそのほっそりした背中を見送ってしまう。
「なんだ、辛子やわさび入りのお菓子が好きなのか。それなら今度大量に用意してやろう」
雪生は冷ややかな眼差しを向けてきた。
「いやいやいや、好きなわけないでしょ! 可愛い笑顔でああ言われたら、咄嗟にいらないなんて言えないよ。頼むから変なものを用意したりしないでよ」
鳴は慌てて言ったが、どういうわけなのか雪生の瞳の温度はますます下がった。
「可愛い笑顔? そういえば春輝相手にずいぶんとデレデレしていたな。ああいうのがタイプか?」
「タイプって――いくら可愛くても男の子なんだからタイプもへったくれもないよ。っていうか、へったくれってなに?」
さっきも抱いた疑問をぶつけてみる。
「へったくれの語源ははっきりわかっていない。へちまくれからの変化だとか、剽げるからきているとか、いくつか説があるようだな」
鳴は「へーっ! よく知ってるね」と感心した。さすがは齢十四にして大学を卒業しただけはある。こらからは歩く雑学大辞典と呼ばせてもらおう。
まあ、説明されたところでへちまくれや剽げるの意味がまったくわからないのだが。
「雪生、弟さんとは仲が良いんだね」
「ああ、弟は昔から俺の後をついて回っている。といっても、ここ八年は日本に帰ったときや春輝がアメリカに遊びにきたときしか顔を合わせていないけどな」
鳴は少しだけホッとした。上の兄だけじゃなく弟とも仲が悪かったら、鳴のほうが泣きたくなっていた。
「……あのさ、さっきの話だけど、どうしてお兄さんあんなにトゲトゲしてるの?」
雪生のプライベートにどこまで踏みこんでいいのか、未だによくわからない。訊いてもうるさいとはねつけられるだけかもしれないが、雪生らしくもない切なげな顔をされてはどうにもこうにも気になってしまう。
「俺が優秀過ぎるからだ」
雪生はペリエをひと口飲んで呟いた。
自画自賛かよ! とツッコミたいところだが、雪生の表情は言葉とは裏腹に憂いを帯びている。
「祖父の子供は俺の父親ひとりだけだ。必然的に俺たち兄弟の中の誰かがSAKURAグループを引き継ぐことになる。年齢からすれば兄が継ぐのが妥当だ。兄も優秀な人間だし、本人も周囲もずっとそう思ってきた。……俺が大学に入るまでは」
雪生の兄の経歴は知らないが、十四にして大学を卒業したという雪生より秀でるものじゃないのは間違いない。
「学歴だけじゃない。兄はどうも不器用というか、周囲に認めさせようとして居丈高に振る舞うところがある。根は優しい人なのに、いまいち誤解されがちだ」
鳴はテーブルの上の料理を食べるのも忘れて、雪生の話に聞き入った。
雪生がこうして己のことを鳴に聞かせて語るのは初めてだ。なんだか面映ゆくて腰のあたりがムズムズする。
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