168 / 279
センチメンタルパーティー 17
「でも、雪生はやりたいことがあるんでしょ? だったら――」
「そういうわけにはいかない。次男のほうがふさわしいという評価のまま跡継ぎレースから離脱したら、兄は弟に譲ってもらったという屈辱を抱えながら生きていくことになる」
そうなったら兄は俺を一生許さない、と雪生は続けた。
「俺が後を継いで、SAKURAグループをいま以上のものにすれば、いつかは兄も俺を認めてくれるかもしれない。……兄が実力で跡継ぎに選ばれるのが、俺にとっても兄にとっても最良だけどな」
『ある人を裏切ることになる』
以前、雪生はそう言っていた。あれは兄の月臣のことだったのか。
(お兄さんが好きなんだな……)
昔はよく遊んでもらったと言っていた。優しい人だとも。兄が変わってしまったのは己のせいだと思っているのかもしれない。
雪生の気持ちはよくわかる。鳴だって大切な友人――例えば陽人とこじれてしまったら、必死で友人関係を修復する。家族だったら尚更だろう。
(でも、でもさ――)
「雪生、夢があるんじゃないの? お兄さんに気を遣って夢を諦めちゃうなんて、そんなのもったいないよ。人生は一度きりなんだから、自分がほんとうにやりたいことをやりなよ」
大きなお世話かと思ったが口に出さずにいられなかった。
「……他人事だと思ってかんたんに言わないでくれ」
「俺がSAKURAグループに就職するのか、って前に訊いたとき、くらーい顔してたでしょ。この世の終わり、って言ったら大袈裟だけどさ。あんな顔しながら残りの人生を生きていくなんて、そんなの馬鹿馬鹿しいって思うよ」
兄をこれ以上追いつめたくないという気持ちはわかる。でも、そのために己の人生を犠牲にして欲しくない。せっかくありとあらゆる才能に恵まれているのに、もったいないにも程がある。
雪生は無言で鳴の言葉を聞いていた。さまざまな思いが胸の内を交差しているのが、その表情から見て取れる。
なんだか今日の雪生はやけに無防備だ。
「……どうしておまえがムキになるんだ。俺が将来どうなろうとおまえに関係ないだろ」
「関係あるよ! だって俺たち友達だろ!」
(って、青春ドラマかよ!)
思わず飛び出た恥ずかしい科白にすかさずセルフツッコミを入れる。
「友達?」
雪生は予想外のことを言われたかのように眉を緩く寄せた。
「え、えっと、俺は友達だって思ってるんだけど……」
(や、やっぱり俺の自惚れだったかな……?)
誰が誰の友達だって? おマヌケ庶民のぶんざいで自惚れるのも大概にしろ。
痛烈な罵倒を覚悟して肩に力をこめる。が、
「……そうだな、友達かもしれないな」
雪生は力が抜けたように微笑んだ。
(ゆ、ゆ、ゆ、雪生が俺を友達だって認めた――!?)
嬉しさと驚きと照れくささが同時にこみ上げ、鳴はツーステップでパーティー会場を一周したい衝動に駆られた。実行したら会場からつまみ出されるのは目に見えていたので、衝動はぐっと堪える。だって、まだ満足いくまで料理を堪能していない。
ともだちにシェアしよう!