「あ、あのさ、雪生のなりたいものってなんなの？」 　動揺を抑えながら訪ねると、雪生はほんの少しためらってから口を開いた。 「アストロノート――宇宙飛行士だ」 「宇宙飛行士――」 　鳴は整うだけ整った雪生の顔をまじまじと見つめた。 　雪生の口から小学生男子みたいな夢が飛び出すとは思いもしなかった。 「宇宙にもいってみたいし、探査機の開発にも携わりたい。火星にいくのが子供のころからの俺の夢だ。……鳴、知ってるか？　有人火星探査機の開発が何十年も前からアメリカやロシアで進められていることを。それなのに未だに実現していない。NASAは2030年代に火星へ有人探査機を送るという計画を立てているが、俺は実現は難しいと思っている。燃料や宇宙線、問題点は山積みだ。でも、不可能というわけじゃない。俺はそれを可能にしたい。おまえや俺の祖父が生きているうちに、人類が火星に着陸したというニュースを聞かせてやりたいんだ」 　鳴は驚きを隠さずに雪生の話を聞いていた。 　こんなに熱っぽく喋る雪生は初めてだ。祖父の工場を見学したがったのも、宇宙に関わる装置を作っているからかもしれない。 　夢を語る雪生はどこか幼く、あどけなさすら感じさせた。 （……可愛いっていうかなんていうか。ほんとうになりたいんだ、宇宙飛行士に） 　雪生の熱が移ったみたいに鳴の胸まで熱くなった。 「いいじゃない、宇宙飛行士。目指しなよ。きっとせまーいせまーい門なんだろうけどさ、雪生なら絶対なれるよ。っていうかなりなよ。世のため人類のためにもさ。俺、見てみたいよ。雪生が宇宙飛行士になったところ」 「おまえは俺に宇宙飛行士になって欲しいのか？」 　なんだその質問、と思いながらも言葉を続ける。 「宇宙飛行士っていうか、雪生のなりたいものになって欲しいだけだよ。誰かのためにやりたくもないことをやるんじゃなくてさ。俺に向ける我が侭をもっと自分自身に向けてもいいと思うよ」 「……俺は宇宙局を選ぶとしたらNASAにするつもりだ。NASAはアメリカ市民じゃないと正規職員になれないが、俺はアメリカで生まれたから市民権を得ようと思えば得られるんだ」 　雪生がアメリカ生まれだったとは初耳だ。そういえばアメリカで生まれたら、日本とアメリカどちらでも好きな国籍を選べると聞いたことがある。 「鳴、NASAの本局はアメリカにある」 「うん、それくらいは俺も知ってるけど」 「つまり高校を卒業したらおまえもアメリカにくるということだな？」 　雪生は鳴を真正面から見据えている。ノーという返事は許さないと言わんばかりに。 「は？　いや、なんで俺が――」 　話の展開についていけない。鳴は宇宙飛行士なんて目指していないし、NASAで働きたいとも思っていない。だいたいなりたいと思ったところで平々凡々な少年がなれるようなものじゃない。 「俺を唆したのはおまえだろう。責任はきっちり取ってもらう」 「唆したって――背中を押したって言って欲しいんだけど」 （ひょっとしてこの人、アメリカで働くのはいいけど俺が傍にいないと淋しいとか、そういうこと……？） 　そう思った瞬間、先ほどの比じゃなく胸がわっと熱くなった。ついでに頬や耳まで熱くなった。 「鳴、おまえの将来の夢はなんだ？　将来つきたい職業はあるのか？」 「えっ、俺の夢？　俺の夢は手堅い会社のサラリーマンになって、可愛くって優しいお嫁さんをもらって、子供を三人くらい作って、末ながーく幸せに暮らすことだよ」 　雪生はなんだそのまるで面白みのない世にもつまらない夢は、と眉の動きで語った。 　平凡な鳴にふさわしい平凡でつまらない夢かもしれないが、ごくごく普通の庶民にはじゅうぶんすぎるほど大きな夢だ。