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センチメンタルパーティー 19

「残念だがその夢を実現するのは不可能だ」 「は? 不可能ってどうし――」 「どうしてかだって? 愚問だな。俺が全力で阻止するからに決まっているだろ」  雪生は無情なまでにきっぱりと言い放った。 「はあああああ!? なにそれ! 背中を押してあげた俺に対して言うことじゃないでしょ!」  鳴は慌てて雪生に文句を言ったが、返ってきたのは不敵などことなく悪戯っぽい笑みだった。可愛いけど可愛くない。可愛いけどこの上なく憎たらしい。 「覚悟しておくんだな、鳴」 「覚悟ってなんの覚悟だよ! 俺の慎ましやかな夢が雪生になんか迷惑でもかけた!?」  鳴は食ってかかったが、 「料理はどうしたんだ。もうご馳走様でいいのか? のんびりしていたらパーティーが終わってしまうぞ」  雪生に言われてハッとする。料理のテーブルへ目を向けると、美しく盛りつけられていた数々の料理はずいぶん減ってしまっている。いくら潤沢に用意してあるとはいえ料理が無限にあるわけじゃない。時間だって限りがある。 「食べるよ! ええ、食べますとも! 食べまくってやる! 食べ尽くして俺を招待したことを後悔させてやる!」  鳴はフォークを握り締めると、前菜の残りに取りかかった。名も知らぬ繊細な料理をダイナミックに口へ押し込む。 「……美味いっ! 腹が立っていても美味しいものは美味しい!」 「それはよかった。あとでシェフに伝えておこう。賓客が大変満足していたと」  雪生は微笑んでそう言うと、優雅な仕種でグラスを口に運んだ。  その顔を横目で睨みながらも手と口は休めない。  いったいこの少年にとって相馬鳴の存在はなんなのか。 (友達――そう、友達って認めたんだ。このツンツン俺様キング様が)  そう思った瞬間、腹立たしさがすうっと薄れて、未だかつて味わったことのない昂揚感が湧き上がった。  人当たりがよさそうに見せかけて、その実、やけに頑ななこの少年に友達だと認められること。それがどのくらい稀有なのか、つき合いの短い鳴にも想像がつく。 (なんだか今日は色々あったな……。雪生のおじいさんに会って、手の平を痺れさせられたし。人生初の、そして最後かもしれないおキャビア様とフォワグラ様を味わったし。鳴の兄弟にも会った……)  なによりも出会って初めて雪生が率直に自分自身のことを語ってくれた。 (きっと今日のことを何十年か後に思い出すだろうな。あの日、あのときあんなことがあったな、って……。『あのときの雪生、俺にあんなことを言ったんだよ。昔からひどかったよね』って、雪生にそう言えたらいいな)  数十年後、ふたりが大人になったとき。昔話として笑い合いたい。  ずっとずっと友人でいたい。  良家のお坊ちゃまと一般庶民の雪生と鳴だ。きっとどこかで道は分かたれるだろう。 (でも、俺はずっと友達でいるから。雪生が俺を忘れても、俺の中じゃずーっとずーっと友達だから) 「覚悟してろよ、雪生」 「は? 覚悟ってなんの覚悟だ」  鳴はフォークを片手に不敵に呟くと、キョトンとしている雪生を綺麗さっぱりスルーして料理を口に運んだ。  通りがかったギャルソンに高々と声をかける。 「すみませーん、おかわりくださーい! あっ、大盛り――いや、特盛りで!」      平凡君の非凡な日常 第二章 終

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