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庶民のくせに生意気な 2

 ハッとして目を覚ます。  視界に映ったのは澄んだ川面でも赤茶色の大地でも宇宙空間でもなく、見慣れたいつもの天井だった。 「おはよう、鳴。さっさとベッドから出て支度をしろ」  のそのそと身体を起こすと、すでに身支度を整え終えた雪生が言った。  その顔と初恋の少女の顔が重なる。なんだって雪生と初恋の少女が重なって見えたりするのか。 (似ても似つかな――くもないか。どっちも綺麗な顔立ちだし、黒豹と黒猫どっちも猫科だし。……黒猫がうんと大きくなったら黒豹みたいになるのかな)  寝起きの頭でぼんやり考えていると、雪生の顔がぐっと近づいてきた。ぎょっとする暇もなかった。唇を軽く吸って、すぐに離れる。   心拍数と血圧の急上昇に寝起きの頭がくらくらする。鳴がお年寄りなら心臓発作で倒れているところだ。 「いっ、いきなりキスしないでくれる!? びっくりしすぎて心臓が止まりかけただろ!」 「文句を言われる筋合いはない。おまえがおはようのキスを待っているみたいだったからしてやっただけだ。キスしてやったんだから、さっさと起きて用意しろ」 「――――――」  キスしてやった? 誰も頼んでいないのに、この上から目線。両頬を思いっきりつねってやりたいが、実行すれば確実に千倍にして返されるだろう。  たいした顔じゃないがまだ頬は失いたくない。 「今週からいよいよ中間テストだな。夕食抜きになる覚悟はできているのか?」  洗顔と着替えを終えて机に向かうと、雪生は開口一番シビアなことを言ってきた。 「いやいやいや! 勝手に決めつけないでよ! 精一杯がんばるつもりでいるんだからさ。……学年十位以内はちょっとかなり非常に厳しいけど……」  ちらっと雪生の顔を窺う。せめて学年三十位以内にしてもらえないだろうか、と思ったのだが―― 「この俺が毎日マンツーマンで教えたんだ。これで十位以内に入れなかったらおまえは原生動物以下だ。その際はミドリムシ鳴に改名しろ」 「ミドリムシって――嫌だよ! そんな売れないピン芸人みたいな名前!」 「嫌ならさっさと参考書とノートを開け。残された時間はもうわずかだぞ。俺はおまえが夕食抜きになろうが名前がダンゴムシになろうがどうでもいいけどな」 「ダンゴムシじゃなくってミドリムシ! ……じゃなくってどっちも嫌だから!」  雪生は今日も今日とて口が悪い。が、それほど腹が立たないのは、雪生がついに鳴を友達だと認めたという事実があるからだ。  この口の悪さも、鳴に気を許している証だと思えば微笑ましい、と思えなくもない。 「なにを不気味な顔でにやにやしているんだ。絶望のあまりついに頭がおかしくなったのか?」 「不気味って――温かい眼差しで見つめているだけですけど!?」 (前言撤回。やっぱりちっとも微笑ましくない!)  そんなくだらない言い争いをしながら、朝の学習時間は過ぎていった。

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