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庶民のくせに生意気な 4

 中間テストはあっという間に始まり、あっという間に終わった。 (長いようで短い、短いようで長い戦いだった……)  部屋へもどってきた鳴はふらつく足取りでベッドに倒れこんだ。頭の中を二次関数や英単語、歴史の年号に偉人たちの名前がぐるぐると渦巻いている。  中間テストが始まる少し前からいつも以上に勉強、勉強、そして勉強の日々だった。そんな過酷な日々もう終わりだ。明日からはいつも通りの日常が待っている。 (テスト期間中は生徒会の活動も休みだったけど、また来週から始まるのか……。それはそれで疲れるな……。主に如月先輩への対応が) 「前にも言ったが上着も脱がずにベッドに横たわるな。さっさと起きて自己採点でもしたらどうだ」  冷淡な声が頭上から降ってきた。重たい頭を持ち上げると、声と同じく冷ややかや眼差しとぶつかった。 「……俺がここまでぐったりしてるの、雪生の無茶振りが原因なんですけど? 学年で十位以内に入れなんて命令されなかったら、今だって元気におやつでも食べてるよ」 「己の怠惰を人のせいにするな。これまでの人生でサボっていたツケが回ってきただけの話だ。これに懲りたら日々の精進を怠らないことだな」  雪生は己の勉強は一切していないが、どうせ学年トップは間違いないだろう。しょせん天才に凡人の苦労など理解できないのだ。  雪生は制服を脱いで黒の上下に着替えると、白いソファーに腰を下ろした。 「鳴、紅茶を淹れてくれ。茶葉はダージリンで」  命じられて仕方なくベッドから起き上がる。  ついでに自分のぶんも淹れて買い置きしてあるお菓子でも食べることにしよう。疲弊した脳には甘いものがいちばんだ。 「明日と明後日、寮を空ける。俺がいない間も自習をサボるなよ」  鳴がテーブルに紅茶を運んでいくと、雪生は手元の文庫本から目を上げずに言った。 「寮を空けるって……旅行にでもいくの?」  中間テスト最終日の今日は金曜日。明日と明後日は休日だ。  休日は基本的に生徒会の活動はないが、雪生が外泊したことはこれまで一度もなかった。 「いや、ただ家に帰るだけだ。卒業してもSAKURAに就職するつもりはないと、父親に伝えにいく。そのついでに一泊するつもりだ。すぐに帰ったら春輝がうるさいからな」  雪生に砂糖と蜂蜜をたっぷりトッピングしたような少年の姿が脳裏に浮かぶ。弟の可愛げを少しでいいからわけてもらって欲しい、という内心は口に出さない。 「でも、大丈夫? お父さんに反対されたりしない?」 「俺がいなくても兄がいるし、弟もいる。……弟は、まあ出来がいまいちだけどな。あれは愛嬌で世の中を渡っていくタイプだ。父親も祖父も俺の意志を尊重してくれるはずだ」  雪生みたいな優秀な人材、それも血の繋がりのある人間をそう易々と手放してくれるだろうか。  鳴は疑問に思ったが、雪生の不安を煽ってもしかたないので黙っていた。 (ま、本人が就職しないって言ってるんだから、無理やり就職させるなんてできないよね。きっと大丈夫)  鳴はクッキーをかじりながらひとりで納得した。  数日後、桜家のお家騒動に巻きこまれるハメになるなど、このときの鳴に想像できるはずもなかった。

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