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パンク少年、メイド喫茶へゆく 1

 雪生のいない部屋はなんとも奇妙な感じだった。  土曜日、いってきますのキスを残して雪生が出かけると(しなくていいという鳴の言葉は、例によってきれいさっぱりスルーされた)、鳴はいささか途方に暮れた思いで部屋を見回した。  ラグジュアリーホテルさながらの寮の一室。思えばこの部屋にひとりでいたことはほとんどない。雪生と共に出かけて共に帰ってくるし、食事のときも雪生と一緒だ。  ひとりになってしまうと場違い感が半端ない。 (落ち着かない……。一般庶民がこんなところにいてごめんなさい! って誰にともなく謝りたくなってくる……)  鳴は檻に入れられた熊のように部屋をうろうろしたが、せっかくの休日をうろうろそわそわして過ごすのはもったいないと思い直した。  ひとりで過ごす貴重な時間だ。息抜きがてら街までぶらっと出かけてこよう。月曜日からはまた奴隷生活二十四時が始まるのだ。  リュックサックに財布やハンカチを詰め終わったときだった。  誰かがドアをノックした。  鳴はびっくりしてドアを見つめた。この部屋を誰かが訪ねてきたのは、鳴が知る限り初めてだ。 「はーい、どなたですか? 会長なら出かけていませんけど」  ドアを開けると、そこにはついさっき一緒に朝食を食べたばかりのキング――太陽と翼が立っていた。 「一ノ瀬先輩、それに乙丸先輩」  鳴は瞬きしてふたりを見つめた。  どうしてふたりがここに。キング仲間だから部屋を訪ねてきても不思議はないが、雪生が実家に帰ることは朝食のときに聞いて知っているはずなのに。 「何かあったんですか? 会長ならもう出かけましたよ」 「うん、それを狙って遊びにきたんだ。桜がいないときじゃないと、なかなか交遊を深められないからね」  どうやら用があるのは雪生じゃなく鳴らしい。雪生がいると交遊が深められない、はよく意味がわからないが。 「入ってもいい?」  太陽に言われて逡巡する。鳴はかまわないが雪生はどうだろう。勝手に人を部屋に招き入れたりしたら、後でこっぴどく叱られないだろうか。 (あ、でも瀬尾君のときは雪生から部屋に呼べって言ってくれたし。一ノ瀬先輩たちは生徒会の仲間なんだから大丈夫だよな)  問題ないと判断して、ふたりを中へ招き入れた。 「どうぞどうぞ。狹くてむさ苦し――くはないけど、まあとにかくどうぞ」  ふたりをソファーに座らせて、紅茶と共に買い置きしてあった菓子をテーブルへ並べる。 「うち、庶民のお菓子しかないけどよかったらどうぞ。雪生――会長はお菓子ってほとんど食べないから」 「……いただきます」  さっそく袋を破って食べ始めたのは痩身の少年、翼だ。  今日の翼は、黒い血を流しているアルファベットが描かれたTシャツにいかついベルト、それに派手にクラッシュした黒のパンツという、いかにもパンク少年らしい格好だ。金色に染まった髪はツンツンに逆立ち、耳たぶにはシルバーのピアスがいくつも嵌っている。校則などどこ吹く風だ。襟ぐりからのぞいている揚羽蝶のタトゥーも相変わらずだ。 「えっと、俺になにか用でしたか?」  鳴は太陽たちの反対側に腰を下ろした。座り心地の良すぎるこのソファーにはいまだに慣れない。尻が埋もれて一生抜けないんじゃ、という恐怖に毎回襲われる。 「特に用があったわけじゃないよ。さっきも言った通り相馬君と友好を深めたいだけ。いつもは桜がべったりくっついているからね。ゆっくり話をする機会もなかなかないだろ?」  べったりくっついてはいないと思うが、生徒会や食事の時間が一緒の割にあまり話したことがないのは事実である。  太陽はまだしも、翼とは会話らしい会話をした記憶がまったくない。  鳴が相手のときにかぎらず翼はほとんど誰とも言葉を交わさない。口があるのを忘れているのでは、と思うまでの無口っぷりだ。

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