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パンク少年、メイド喫茶へゆく 2

「一ノ瀬先輩と乙丸先輩って仲がいいんですか?」  翼は太陽が相手だとまだ多少は口を開く。それに太陽のほうが先輩なのに名前を呼び捨てにしているし、太陽も「翼」と名前で呼んでいる。  ただの先輩後輩という感じはしなかった。 「幼馴染みなんだよ。親同士が大学時代の友人で。子供のころからよく一緒に遊んでたよ」  ああ、だから学年が違うのにこれほど親しげなのか。  鳴は翼に目を向けたが、翼はひたすらお菓子を口に運んでいる。この細い身体のどこに入っていくのか。春夏冬の七不思議のひとつに数えたい。 「ずっと一緒の学校だったんですか?」 「小学校は一緒だったけどね。中学は違ったよ」 (乙丸先輩って子供のころからここまで無口だったんですか?)  訊いてみたかったが、本人の前ではさすがに失礼だろう。 「えーっと、中間テストはどうでしたか?」 「まあ、いつも通りかな。それなりにできたと思うよ。相馬君は?」 「試験勉強は受験の時と同じくらいかそれ以上にしましたけど……。元々の頭が頭ですし、春夏冬は偏差値が高いですから。果たして順位がどうなるかは……」  テストですべてを出し尽くした今となっては奇蹟が起こることを祈るだけだ。 「……メイド」  ひたすらお菓子を食べていると思っていた翼がぼそっと呟いた。痩身の少年に目を向けると、視線と視線がバチッと合った。気がつけば翼の前に菓子の袋が山となっている。 「メ、メイドがどうかしましたか?」 「メイド喫茶……」 「メイド喫茶?」 「いった、のか……?」  翼に問われて、鳴は雪生と秋葉原に出かける前日のことを思い出した。あのときも翼はメイド喫茶にいきたそうにしていた。バンドの練習さえなかったらきっと鳴たちにくっついて、メイド喫茶をおとずれていたはずだ。 「えっと、いってないです」 「……………………」  無言、無言、無言で鳴を見つめてくる。これは「誘え」という圧力だろうか。 (っていうか、そんなにいきたいなら一ノ瀬先輩とでもいけばいいのに。なんで俺なの……)  あのときは無言の圧力に押されてつい誘ってしまったが、この無口にもほどがある少年とふたりで出かけるのは正直言って気が重い。  翼のことは嫌いでも苦手でもない。むしろうっすら好感を抱いているが、もうちょっとは喋ってくれないと、鳴がお笑い芸人だとしたって間が持たない。 「………………」 「………………」  無言、そして沈黙。  救いを求めて隣に座っている太陽へ目を向けたが、太陽は素知らぬ顔で紅茶を飲んでいる。鳴の視線に気がついているはずなのにちらっと見ようともしない。 「……………」 「……………」 「……………」 「……え、えっと、一緒にメイド喫茶いきますか?」 (ま、負けた。無言の圧力に膝を屈してしまった……)  翼は無言で、しかし、力強くうなずいた。 「いいなあ、メイド喫茶か」  太陽は朗らかな笑みを翼に向けた。 「楽しんでくるといいよ。滅多にない経験だ。あ、翼。お菓子の屑がついてる」  そう言いながら唇の端についている菓子屑を親指で拭い取る。なんだか母親と幼い子供のようで微笑ましい。 「一ノ瀬先輩はいかないんですか? っていうか、一ノ瀬先輩がつれていってあげたらいいんじゃ――」 「翼は友達が少ないからね。交流を広げるいい機会だよ。それにキングがぞろぞろついていったら悪目立ちするから嫌だって前に言ってただろ? ということで相馬君、翼をよろしく。無口なだけで害はないから」  いや、その無口が半端ないから困るんですけど、と翼の前で口に出すわけにもいかない。  こうして鳴は極端に無口なパンク少年とメイド喫茶へ出向くことになったのだった。

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