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パンク少年、メイド喫茶へゆく 3
「え、えーっと、希望のお店とかありますか?」
「……ない」
「……じゃあ、俺がてきとーに決めちゃっていいですか、ね?」
翼は無言で首を縦に振った。
部屋にいるのは鳴と翼のふたりきりだ。太陽は鳴に翼を任せると、さっさと部屋から退散してしまった。友好を深めたいなどと言っておきながらひどい仕打ちだ。
鳴はスマートフォンで人気の高いメイド喫茶を調べると、翼と共にオタクのメッカ、秋葉原へ出かけることにした。
ふたりは電車で秋葉原に向かった。わかっていたことだが翼もまた雪生と同じく人目を惹く少年だった。
パンクファッションや金髪はここ東京ではめずらしくもないが、ここまで美形の少年はファッションに関わらずめずらしい。ツンツンの金髪に過剰なピアスというどぎついファッションなのに、春夏冬のキングに選ばれただけあってどこかノーブルさを漂わせている。
通りすがりの人々はハッとした様子で翼を見つめ、それから「どうしてこんなのと一緒に」と言わんばかりの視線を鳴に向けてくる。雪生で慣れているとはいえ、そこはかとなくへこまされる。
「あのう、バンドとかやってるんですか?」
メイド喫茶に向かって中央通りを歩いていると、高校生らしき少女たちが声をかけてきた。ショートヘアとロングヘアの二人組だ。
翼が盛大にびくっと肩を揺らしたので、つられて鳴までびくっと肩を揺らす。女の子は鳴ではなく翼に声をかけたのだが、翼は鳴の背後にささっと隠れてしまった。といっても翼のほうがずっと背が高いため顔はろくに隠れていないのだが。
「え、えっと、やってるみたい、だよ」
しかたないので鳴が答える。
「なんていうバンドなの? ライブとかやってる?」
「えーっと、バンド名なんていうんですか?」
振り返って訊ねようとしたが、翼が鳴の肩をがっちりつかんでいるので振り向くに振り向けない。
「あのー、乙丸先輩、ちょっと離してもらえません?」
が、翼はますますがっちり肩をつかんできた。鳴から手を離したら高いところから落ちて死ぬ、とでもいうような握力だ。
「ちょ、痛いんですけど――いたたたたた! 肩が砕ける! 砕けますって!」
「……メイド喫茶」
「い、いきます! いくからちょっと離して!」
けっきょく少女たちの質問に答えることはできないまま、鳴はふたたびメイド喫茶へ向かって歩き出した。
(一ノ瀬先輩、無口なだけで害はないなんて言ってたけど、無口もここまでくるとじゅうぶん害なんですけど……!?)
「えーっと、女の子苦手なんですか?」
やっと肩から手を離してくれたので、横にならんで歩きながら訊ねてみた。
「……人間、苦手だ」
翼はうつむきがちにぼそりと答えた。
「人間が苦手って……。メイドさんも人間だけど大丈夫ですか?」
「……メイドさんは人間じゃない」
「いやいやいや、メイドさんもれっきとした人間ですから! 今の問題発言ですよ!」
「……メイドさんはメイドっていう生き物だから」
「………………」
翼を真似たわけじゃないが思わず押し黙ってしまった。ひょっとして翼はメイドを妖精の類だとでも思っているんだろうか。
(雪生といい乙丸先輩といい如月先輩といい……キングって頭と顔と家柄の良さと引き替えに常識を持たずに生まれてきたのかもしれない)
「あー、でも、乙丸先輩なら家にメイドさんくらいいるんじゃないんですか?」
「……お手伝いさんしかいない」
「メイドさんって女のお手伝いさんのことでしょ」
「……みんなおばさんだから」
「ああ……それはいわゆるメイドさんじゃないですね……」
「………………」
「………………」
ふたりの間に沈黙がのしかかる。秋葉原の大通りは雑音に溢れているのに、鳴と翼の上にだけ静寂が降りそそぐ。
(……や、やっぱり、強引にでも一ノ瀬先輩についてきてもらえばよかった)
鳴はビルにかかったパネルを見上げながら、深海よりも深く後悔した。
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