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パンク少年、メイド喫茶へゆく 5

 鳴は店内をぐるっと見回した。入店から今まで店内をしっかりながめる余裕もなかったのだ。  店そのものは一般的な喫茶店とそれほど変わりない。白いテーブルに青い椅子がずらりとならび、カウンターの向こうでは従業員がドリンクを作っている。  普通の喫茶店と違うのは、店の奥にスポットライトのついたステージがあることと、従業員が白いエプロンに白のカチューシャ、黒いミニのワンピース、太腿まで届くニーソックスというメイドファッションなことだけだ。  メイド喫茶をおとずれるのはオタクのお兄さんだけだろうと思っていたのだが、女性の客もかなり多い。半数は女性客かもしれない。  鳴たちで満席になったらしく、すでにウェイティングができている。 (なんだか想像と違ったな。メイド喫茶ってもっと妖しい店かと思ったけど、ぜんぜん健全っていうか……。それにメイドさんたち――)  翼のような美形男子が客としておとずれたら、みんなこぞってチヤホヤするものとばかり思っていた。  が、メイドの態度は翼も鳴も他の客もまったく同じだ。メイドがご主人様をえこひいきしないのは当然かもしれないが、イケメンを前にしてなかなかできることじゃない。  鳴はメイドたちのプロ根性に感服した。 「バンドってかっこいいですよね」  音楽の話なら翼の口も多少は開くらしいとわかり、鳴はとにかく音楽に関する質問を続けることにした。 「いつもバンドでどんな曲を歌ってるんですか?」 「……ニルヴァーナとかSEX PISTOLSとか。知ってるか?」 「ぜんっぜん知りません。やっぱりパンクなバンドなんですよね」 「……今度、CDを貸す」 「えっ!? あ、ありがとうございます」  口数は少ないもののコミュニケーションがまったく取れないわけじゃなさそうだ。 「ひょっとしてそのタトゥー、好きなミュージシャンの影響だったりします?」  翼は制服のシャツはきちんと釦を留めないし、私服は今みたいに大きく襟ぐりの開いたシャツを着ることが多い。そのせいで鎖骨のタトゥーは必要以上に目立っている。 「……これは太陽に勧められたから」  細くて長い指が揚羽蝶を撫でる。 「えっ? い、一ノ瀬先輩に?」  爽やかな笑みを浮かべる太陽が脳裏に浮かぶ。キングの中のたったひとりの常識人だと思っていたのに。年下の幼馴染みに刺青を勧めるなんて、雪生や遊理に負けず劣らずの非常識人だったようだ。 「なんだって刺青を勧めたりなんか……」 「……俺が火傷の痕を気にしてたから」 「火傷?」  鳴は鎖骨の蝶をまじまじと見つめたが、どこに火傷の痕がわかるのよくわからない。 「……こそこそ隠すよりいっそ見せてしまえ。タトゥーでも入れれば火傷の痕なんてわからない、って」  翼のコンプレックスを消すために、あえて刺青を入れさせたということらしい。 (いや、でも、荒療治にもほどがあるっていうか……。刺青なんてちょっとやそっとじゃ消せないのに。温泉とかどうするんだろ。あ、桁外れの金持ちだから温泉ごと貸し切るのかも) 「火傷、痛かったですか?」 「……痛かった」  翼の指が一点で止まる。きっとそこに火傷の痕があるんだろう。 「……でも、痛いよりも哀しかった」 「哀しい?」  鳴が訊き返したときだった。 「おまたせしましたぁ!」  丸いトレイを手にしたメイドが極上の笑顔でドリンクを運んできた。

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