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パンク少年、メイド喫茶へゆく 8

「相馬君は優しいね」 「え?」 「たいして親しくもない相手の過去を聞いて、本気で心を痛めてる」  太陽は穏やかでいてどことなく哀しげな微笑を浮かべて鳴を見つめている。 「あいつらにもその優しさがほんの少しでもあれば良かったんだけどね」  あいつらというのは翼を苛めていた生徒たちのことだろう。冷たい響きの声だった。 「翼の両親はイジメに気づくと、すぐに春夏冬の中等部に転入させた。でも、遅かった。そのときには翼の心は徹底的に傷つけられた後だった。……どうしてもっと早く気づいてやれなかったのか、今でもずっと後悔してるよ」 「……乙丸先輩、そのせいであんなに無口なんですね」 「もともと口数の多いタイプじゃなかったけどね。イジメにあってからしばらくは、俺や家族が相手じゃないとひと言も話そうとしなかったよ。あれでもずいぶんマシになったほうなんだ」  少しは心の傷が癒えたんだろうか。鳴はこれまでイジメとは無縁の人生を送ってきたが、他人から理由もなく暴力を振るわれたら、人の心がどれほどのダメージを負うかくらい想像がつく。心を容赦なくナイフでメッタ刺しにされるようなものだ。  傷口がふさがったとしても、痛みが完全に消え去るには長い長い時間が必要なはずだ。 「乙丸先輩を苛めていた人たち、どうなったんですか? なにも悪くない乙丸先輩は転校したのに、その人たちはそのまま学校に通い続けたんですか?」 「ああ、特に処分は下らなかった。でも、それは表向きの話」  言葉に含みを感じて太陽の顔を見つめる。 「イジメが発覚すると翼の家族はもちろん、俺の家族も激怒した。実の息子同様に可愛がっていたからね。相手の家柄もそれなりだったけど、乙丸家と一ノ瀬家が潰しにかかればひとたまりもない」 「……えっと、相手の家を没落させた、ってことですか?」 「最初はそうするつもりだった。でも、そんなことをしたところで俺たちの気が済むだけで、翼の傷が癒えるわけじゃない。むしろ自分のせいで相手が不幸になってしまったと、余計に苦しい思いをするだけだ。苛められているのをずっと隠していたのも、家族に気づかれたら相手がただでは済まないとわかっていたからだよ。……優しい奴なんだよ。優し過ぎるくらいに」  太陽は言葉を切ると、ぬるくなった紅茶に口をつけた。いつの間にかその顔からはいっさいの笑みが消えている。 「でも、だからといってなにもなかったことにはできない。相手の家に制裁を加えないかわりに、翼の前で土下座して謝らせることにした。それが翼にとっていちばんの救いになると思ったから。……ま、砂漠に水を一滴垂らすくらいの救いだけどね」 「……それだけ、ですか?」 「まさか」  太陽はにこっと笑った。いつも通りの爽やかな笑みのはずなのに、鳴はなぜか背筋がひんやり寒くなった。 「それはあくまで表向き。裏では彼らがまともな高校、大学へ進学できないように手を回したよ。それからこれは俺の個人的な報復だけど、爪を剥がせてもらった」 「………………は?」  あまりにあっさり言われてしまったので、言葉の意味がすぐにわからなかった。 「おまえたちの家に制裁を加えるのと、足の爪を左右それぞれ一枚剥がされるのとどっちがいいか、って訊いたら、みんな爪を選んだよ。父親の会社が倒産したり傾いたりしたら、今までみたいな贅沢な暮らしはできなくなるからね。まあ、爪を剥ぐときにはみんながたがた震えて泣いてたけど」  鳴はソファーの背もたれにべたっと身を寄せた。目の前に座っている少年がイケメンの悪魔にしか見えなくなってきた。 (こ、怖い……! この人、怒らせたらあかんタイプのお人や……!) 「あのときの嫌な感触はまだ手に残ってるよ」  生爪を剥がす感触を思い出したのか、太陽は眉をきゅっと寄せた。 「……一ノ瀬先輩、こ、怖いです」 「たかだが爪の二枚で許してあげたんだから優しいくらいだと思うけどなあ。本音じゃ殺してやりたかったよ。……ごちそうさま、紅茶美味しかったよ。さすがは桜の奴隷を務めているだけはある」  太陽は空になったティーカップを受け皿へもどすと、 「というわけで、翼をよろしく頼むよ」  青空のように爽やかな笑顔で改めて頼んできた。 (いやいやいや! どういうわけでよろしく頼まれるわけ!?)  今の話を聞いてしまった後でツッコミを入れる勇気はない。 「わ、わかりました……。よろしくさせていただきます……」  あはは、と力のない笑みを浮かべるのが、今の鳴の精一杯だった。

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