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平凡少年の躍進 2

「そういえばおまえは一ノ瀬とはよく話をしているな」  雪生は拗ねたような目で鳴を睨んできた。なんだってそんなことで拗ねられるのか意味がわからない。キングと奴隷とはいえ大きな括りでは生徒会の仲間同士だ。 「よくってほどじゃないけど……。生徒会でまともに会話できるの、雪生以外だと一ノ瀬先輩しかいないからね。乙丸先輩は究極的に無口だし、如月先輩は俺のことなんて生徒会に巣食った害虫くらいにしか思ってないし。他の奴隷さんたちは俺が話しかけると狼狽えちゃうんだよね。なんでかわからないけど」  雪生の奴隷になって間もないころのことだ。  同じ奴隷なら苦労を分かち合えるはず。そう思った鳴は他の奴隷たちに積極的に話しかけた。が、しかし、どの奴隷も鳴に話しかけられると焦ったようすであたふたと逃げ出してしまうのだ。  そんなことが重なるうちに奴隷仲間を作るのは早々に諦めてしまった。 「おまえは生徒会長のたったひとりの奴隷だからな。いわば奴隷ヒエラルキーの頂点に君臨する存在だ。会話するのも恐れ多いんだろう」 「奴隷のヒエラルキーって……。奴隷なんてみんな等しく底辺でしょ」  鳴はティーカップへ手を伸ばしかけたが、 「あ、雪生も紅茶飲むよね。待ってて、いま淹れてく――」 「紅茶はどうでもいい。俺はおまえと一ノ瀬が妙に親しげだ、という話をしてるんだ」 「だからそれは――」  言いかけて言葉が途切れた。ひょっとしてひょっとしなくても、この人ってば焼きもち妬いてるんじゃないだろうか? 「……なんだその不気味なにやにや笑いは」  雪生は不愉快そうに眉を顰めた。 「えー、いや、だって一ノ瀬先輩相手に焼きもち妬くとか。雪生もあんがい可愛いところがあるんだなーって」  にやにや笑いが止まらない。床につきそうなくらい頬がゆるんでいるのが鏡を見なくてもわかる。  雪生の表情がピシッと固まった。 「……誰が誰に焼きもちだって?」 「だからー、雪生が一ノ瀬先輩にだよ。一ノ瀬先輩はちょっと親しい先輩っていうだけで、生徒会の中で俺の友達は雪生だけだから安心してよ。まあ全校生徒含めても友達って呼べるのは雪生と瀬尾君のふたりだけだけどさ。いやー、それにしても雪生がそこまで嫉妬深いだなんて意外だなー」  雪生の声が獰猛なまでに低かったことに気づいていたのに。焼きもちを妬かれたのが嬉しくてついつい調子に乗ってしまった。  雪生はすっとソファーから立ち上がると、鳴の前まで大股に歩いてきた。その目が据わっていることに気づいたときには遅かった。 「な、なに?」  雪生は鳴の肩をがしっとつかむと、ぐいっと上に引っ張り上げた。逃げる隙を与えてもらえるはずもなく唇が重なる。 「んっ!? んんんんーっ!」  容赦なく唇をこじ開けられ、舌が押し入ってくる。まるで悪徳セールスマン顔負けの強引さだ。  なんだってキスされているのかよくわからない。もっともキスの理由がわかった試しはないのだが。  酸欠ギリギリまで追いこまれて、唇はようやく離れた。  鳴は足をふらつかせて、先ほどまで座っていたソファーにへたりこんだ。 「誰が誰に焼きもちを焼いてるって?」  雪生は片手を腰を当てて冷ややかに鳴を睥睨している。 「だ……誰が誰にだったかなー。わ、忘れちゃったみたい……」  鳴はあははははと笑ってごまかした。触らぬ神に祟りなし。触らぬ雪生に祟りなし。  鳴は改めて心に刻んだのだった。

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