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平凡少年の躍進 4

「雪生! 俺、学年で十位だったよ! すごくない!?」  昼休み。いつものように雪生が迎えにくると、鳴は鼻高々で言った。  これまでの人生、ごくごく平均的な成績で生きてきたのに、レベルの高い春夏冬で学年十位という好成績を修めたのだ。  さすがの雪生も手放しで褒めてくれるに違いない。そう思ったのだが―― 「ああ、知っている。俺が選んだ奴隷なんだから、それくらいは当然だ。むしろギリギリ十位だったことを反省しろ。期末テストでは更なる上を目指すんだな」  雪生は表情ひとつ変えずに淡々と言った。顔を前に向けるともう鳴を見ようともしないで廊下を歩いていく。  雪生に集中する生徒たちの視線も、それを一顧だにしない雪生も、いつも通りの光景だ。 「……え? それだけ?」 「他になにかあるのか?」  鳴は不満の二文字を全身で表現して雪生を睨んだ。 「……あのさ、雪生。俺は雪生の無茶ぶりに応えるべく必死で勉強して、未だかつてない好成績を修めたんだよ。十位だよ、十位!? この平凡の鑑たるこの俺が偏差値のたっかーい春夏冬で十位になったんだよ! もうちょっとなんかこう色々と言うことあるでしょ!」  雪生は感情の読めない眼差しを向けてきた。昼休みの騒がしい廊下で足を止める。 「つまり俺に褒めて欲しいということか?」 「えっ!? いや、そういうことじゃなくて、いや、そうだけどそうじゃなくて」  まあ、率直に言ってしまうともっと盛大なお褒めの言葉をもらえると思っていた。が、母親と子供じゃないんだから『もっと褒めて』なんて素直に言うのは恥ずかしすぎる。 「鳴」  雪生は整うだけ整った顔に惜しみなく笑みを浮かべた。周囲の空気がざわっと揺れる。 「俺の言いつけを守ってよくがんばったな。良い子だ」  そう言いながら鳴の頭をなでなでしてきた。まるで母親が子供にするように。 (そうじゃ――そうじゃなくて! そうだけどそうじゃない!)  背筋に甘い痺れが走った。雪生の眼差しが妙に甘ったるかったからだ。母親が子供に、じゃなく男が恋人に向けるような――  頭がわーっと熱くなる。 「お、俺、先に生徒会室にいってるから! じゃ、じゃあまた後で!」 (なにを考えてるんだ、俺……! 相手は男で、それ以前の問題として尊大キングの雪生だぞ! ていうか高校生男子の頭を撫でるなよおおお-っ!)  鳴は耳まで真っ赤になりながら生徒会室までの道のりをひた走った。  勢いにまかせて重厚なドアを派手に開けると、全員の視線が飛んできた。その視線にうっとたじろぐ。 「ど、どうもどうも。お騒がせしてすみません」  鳴は頭をぺこぺこ下げながら所定の席に着いた。  お屋敷の食卓を思わせる長いテーブル。その左の隅が鳴に与えられた席だ。 「どうしたの、相馬君?」  鳴の斜め向かいに座っている太陽が不思議そうな目を向けてきた。  スポーツマンらしい爽やかな短髪に爽やかな笑顔。爽やかが服を着て歩いているような男だ。と思っていた。昨日までは。 「えっ? いや、なんでもありません」  あははははは、と我ながらわざとらしい笑い声が出た。

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