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平凡少年の躍進 5

「すごい勢いで入ってきたし、顔が真っ赤だし、いつも桜と一緒にくるのにひとりだし。どう見てもなにかあったでしょ」  鳴はうっと口ごもった。 「いや、まあ、偶にはひとりもいいかなーって。ほら、俺ってもともと孤独を愛するタイプだから。……さあ、仕事仕事っと」  出しっぱなしになっている書類に手を伸ばしたが、 「あれ? お昼ごはんはどうしたの?」  太陽にツッコまれてふたたびうっと言葉につまる。  生徒会役員たちとその奴隷は購買部でパンや弁当を買って食べながら仕事をする。鳴もいつもなら雪生に昼食を買ってもらい、それを片手に生徒会室をおとずれる。が、今日は全速力で置き去りにしてしまった。 「あ、えっと、ちょっとダイエット中で……」 「痩せたいからって食事を抜くのは良くないよ。身体を動かして健全に痩せなくっちゃ。だいたい相馬君は太ってないじゃない。ダイエットの必要はないと思うよ」  ええ、はい。実はダイエットをしようだなんて露ほどにも思っていません。  などと本音を洩らすわけにもいかず、笑って誤魔化しながらノートパソコンを立ち上げる。パソコンに向かっていれば動揺を悟られずに済むはずだ。  鳴はかちゃかちゃとキーボードを叩きながら、太陽の隣の席――翼に目を向けた。  翼はいつものようにパンクファッションに身を固めている。ツンツンの金髪に革のチョーカー。長袖のTシャツには死神らしき姿が描かれている。  目が蝶のタトゥーに吸い寄せられる。ぎゅっと眉が寄ったのは、翼の受けた痛みを想像してしまったからだ。  極端に無口なのは単にそういう性格なんだろうと思っていた。だけど、そうじゃなかった。  太陽から聞かされた話を思い出すと胸が濁る。 (友達になってやってくれって、一ノ瀬先輩に頼まれたけど……)  友達になるのはやぶさかではないが、なにせ相手は無口キングである。友達になるきっかけがつかめない。  今度は鳴からメイド喫茶に誘ってみるか、それとも音楽関係から攻めるほうがいいのか。  鳴が考えあぐねながらパソコンを睨んでいると生徒会室のドアが開いた。雪生と、雪生に続いて遊理が入ってくる。 「おい、鳴。主人をおいていくとはいい度胸だな」  雪生は眼光鋭く鳴を睨んできた。 「おいていくって……。生徒会室なんてひとりでこれるでしょ」 「俺はわざわざおまえを迎えにいってやってるんだぞ。……まあ、いい。俺をおいていったということは、昼食もいらないということだな。おまえのぶんも買ってきてやったが処分することにする」  鳴はハッとして雪生の手にしている紙袋に視線を向けた。そこには小麦の香りが香ばしい焼き立てのパンが入っているはずだ。 「ご主人様の親切を無下にするなんて、なっていない奴隷だね。桜、こんな不躾な奴隷はさっさとクビにしたほうがいいと思うよ」  遊理は嫌みったらしい笑みを浮かべながら所定の席――雪生の斜向かいの椅子に腰を下ろした。 「えっ、あっ、ちょ、ちょっと待って。食べる! 食べるから!」 「乙丸、まだ入るだろ。これをやる」  雪生は慌てる鳴をさっくり無視すると、パンの入った紙袋を翼の前においた。翼はカツ重弁当を食べながらカタログらしきものに目を通していたが、箸を止めて紙袋を、次に鳴をながめた。 「……いらない。これは鳴のなんだろ。ほら――」  椅子から立ち上がり、幅広のテーブル越しに紙袋を渡してくれた。  相変わらずの無表情だったが、今の鳴には翼が天使のように見えた。鳴に優る大食漢なのにパンをあっさり譲ってくれるなんて。

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