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平凡少年の躍進 6

「……そうだ、鳴、これ」  翼はぼそっと呟くと、椅子の下においてあった鞄から二枚のCDを取りだした。 「……約束してた奴だ。同じのが何枚もあるから、返さなくていい」  どうやらメイド喫茶店で言っていたパンクバンドのCDのようだ。パンクロックに限らず洋楽全般が門外漢の鳴だったが、これはしっかり聴かなくては。 「……鳴?」  不穏当な声で呟いたのは雪生だ。 「ど、どうもありがとうございます、乙丸先輩!」 「翼でいい」 「えっ、あ、じゃあ、翼先輩、ありがとうございます」 「先輩もいらない」 「えっ」  どうやって距離をつめればいいのか考えあぐねていたのに、まさか翼のほうから一足飛びに距離をつめてくるとは。  嬉しいやら途惑うやらである。 「つ、翼……?」  恐る恐る名前を呼ぶと、翼はそれでいいと言うようにささやかに微笑んだ。滅多に見られない笑顔に心臓がとくんと跳ねる。 (メイド喫茶にいっただけでこんなに距離が縮まるなんて……。メイドさんは偉大だ)  鳴はもらったCDを握りしめながらメイドの威力に感激した。 「……俺がちょっといない間にずいぶんと親しくなったな」  ふたたび不穏当な声が聞こえて、ふたたびハッとする。雪生に視線を移すと、不機嫌そのものの表情で睨んできた。どうやら奴隷に置き去りにされたことがよっぽど業腹らしい。  雪生には常識が欠けていると思っていたが、どうやら寛大さも欠けているようだ。雪生が鳴にしている数々の無体な仕打ちに比べれば、置き去りにされるくらいたいしたことじゃないだろうに。 「一昨日、翼と相馬君のふたりでメイド喫茶にいったんだよ。それで友達になったんだよね」  太陽が説明すると翼は小さくうなずき、雪生はますます眉を寄せた。 「メイド喫茶? こいつと乙丸のふたりで?」 「そうだよ。翼は前々からメイド喫茶にいきたがっていたから、桜が留守にしているあいだがチャンスかなって思って」  太陽の顔に浮かんだ笑みは夏空のように爽やかだ。が、どことなく腹黒いものを感じてしまうのは一昨日聞かされた話のせいだろう。 「相馬君から聞いてないの?」 「聞いていない」  雪生の目つきが限界まで険しくなり、鳴は肩を竦めた。話したほうがよかったんだろうか。雪生のいない休日に鳴が誰とどこでなにをしようと、そんなことはいちいち気にしたりしないと思ったのに。 「いや、だって、休日は奴隷業もお休みだっていうから。特に話す必要もないかなーって。あ、ひょっとして雪生もメイド喫茶にいきたかった? じゃあ、今度――」 「やめてくれ! 桜をメイド喫茶のような下品な場所につれていくなんて……。悪魔か、君は」  遊理は荒々しく両手を机について立ち上がると、汚らわしいと言わんばかりの表情で鳴を睨んできた。ますます肩が小さくなる。 「……メイド喫茶は下品じゃない」  ぼそっと呟いたのは翼だ。ほんのわずかではあるが怒ったような顔つきで遊理を見据えている。  翼は『メイドさんは妖精』だというようなことを言っていた。翼にとってメイドは清らかで儚くて神々しいまでの存在なんだろう。それを侮辱されるのは、相手がキング仲間でも許せないようだ。 「乙丸に言ってるんじゃないよ。君はどこにでも好きなところへいけばいいよ。その薄情で不出来な奴隷と一緒にね。あ、どうせだったら奴隷の誰かと相馬君をトレードしたらどうだい? ずいぶんと気が合っているみたいだし」 「如月、勝手なことを言わないでくれないか。あいにくと俺は奴隷をトレードするつもりはない。その不出来な奴隷を一人前に仕立て上げるのもキングの仕事のうちだ」  雪生はいつになく不穏当な口調だった。鳴以外が相手のときはわずか足りとも口調を荒らげたりしないのに。  遊理は忌々しげに目を逸らし、翼はいまだに遊理を見据えている。  他の奴隷たちもこわごわとした表情でキングたちの様子を見守っている。 (……な、なんだか生徒会室が刺々しい空気になっちゃったんだけど。ひょっとしなくても俺のせい……?)  けっきょくこの日の昼休みはろくに生徒会の仕事にならなかった。

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